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この文章は,『月刊ポスドク第8号 (2017年12月発行) に寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.

tsutatsuta. 2017. 研究者の姓変更. 月刊ポスドク 8: 6–7.


研究者の姓変更

現在の日本の法律では夫婦別姓が認められていないため、もともと同姓でなかった場合には、法律婚すると、一方の配偶者が姓を変更する必要が生じます。周囲の友人や知人から、つねづね、姓の変更は面倒だという話を聞いていましたが、今回、法律婚を期に、ためしに私のほうが姓を変更し、実際どのくらい面倒なのかを体験してみました。研究者が姓を変更すると、どういうことをしなければならなくなるか、以下に記してみたいと思います。


方針

論文などは旧姓を使って発表してきたため、法律婚後も、仕事では旧姓を通称として使いつづけ、新姓は形式的な手続きに対してのみ用いることにしました。なお、以下に述べる姓変更の手続きは、私が日本学術振興会 (学振) 特別研究員PDとして大学に所属している期間 (2018年4月〜11月) に実施しました。

まずは研究者でなくてもしなければならない手続きがあります。役所に婚姻届を提出し、戸籍上の姓が変更になります。次に、警察署に行って、運転免許証の更新。これを持っていけば新姓での身分証明ができるので、後々の手続きがいろいろとラクになります。


お金関係

その次には、銀行口座の登録姓も変更します (しなくても使い続けられるようですが、いちおう変更が推奨されているようです)。私は三井住友とゆうちょで手続きをしました。旧姓併記ができるか尋ねたところ、どちらも不可とのことでした。しかし三井住友では、旧姓への振り込みも許可できるようなオプションが用意されていました。つまり、口座の登録姓名は「新姓 名」となっていても、「旧姓 名」と指定された振り込みを相変わらず受け付けられるということです。

実はこのオプションが大いに役立ちました。プロジェクトや非常勤講師で研究費や給与のやり取りをしたことのある研究機関には、銀行口座を登録する書類を提出しています。しかし、もし「旧姓 名」への振り込みが拒否されてしまうと、関係する大学の事務の方に事情を説明し、そうした書類を再記入・再提出しなければなりません。姓が変更になっても口座番号は変わらないため、旧姓への振り込みさえ許可されていれば、そうした手間が省けます。また、私は海外の大学の研究プロジェクトで立て替え払いをしており、ちょうど口座登録姓変更直後に入金があることになっていました。これも、先方には「旧姓 名」を伝えていたため、もし旧姓への振り込みが拒否されていたら、ただでさえ面倒な海外送金に二度手間を発生させてしまうところでした。

クレジットカードの名義も変更になりました。番号や有効期限も変わるため、カード情報をどこかに登録していた場合は、それも変更しなければなりません。インターネット通販のように自分からアクションをとる場合はすぐに気づくので良いのですが、公共料金などの自動引き落としについては、引き落としができなくなっていることに気づかず、意図せず、支払いをしていないことになってしまい、契約を止められてしまう恐れがあります。


研究関係

所属機関での登録名も変更する必要が生じます。手続きの詳細は事務の方に聞いてみましょう。学振研究員の場合には、これに加えて、氏名変更に関する書式を学振に提出する必要があります (本籍地から取り寄せた戸籍の提出が必要でした)。

研究費の申請や管理などでお世話になるe-Radは、旧姓併記が可能でした。大学の事務を通して、姓変更と旧姓併記の手続きをしました。科研費の申請書類などでは、氏名の欄に「新姓 名(旧姓名)」と表示されます。ちなみに、e-Radの登録名の変更が、学振や科研費などの申請時期にかぶると、タイミングが悪かった場合、システム上での姓変更によって、推薦書や分担承諾書をまたイチから入力・作成してもらう必要が生じることもありそうです。申請時期より早めに、登録名を変更しておくことをおすすめします。

また、新姓宛で研究室に荷物が届く場合も生じます。「こんな人はいません」とラボメンバーが誤って送り返したりしないよう、研究室のメーリングリストなどに、姓変更に関するお知らせを流しておいたりもしました。


パスポート

調査や学会で海外に渡航することもありますが、研究上では旧姓を使うため、パスポートにも旧姓が併記されていたほうが、なにかと面倒が少ないはずです。パスポートには旧姓併記のオプションがあるため、私はこれを利用しました。

まずは役所に行き、パスポート担当の方に相談しました。書類は通常のパスポート申請書と同様で、パスポートに記載する氏名を記入する欄に、「新姓 (旧姓)」と記して申請します。しかし、このオプションは例外的な措置のようで、旧姓併記の必要性を証明する書類を提出する必要があります。私は、以下の書類をそろえて、一緒に提出しました。

はじめは、仕事上で旧姓を使用する必要があることを証明する書類を作り、所属機関の研究科長などから印鑑をいただこうとしました。しかし、学振PDは所属機関とは雇用関係にないということで断られました。この経緯を学振に相談したところ、あらかじめ用意されたフォーマットにない書類を作ることはできないが、旧姓を併記した採用証明書でどうだろう、ということになった次第です。


そのほかいろいろの苦労

実はまだ着手できていないことがあります。海外のフィールドでの調査許可や試料輸出許可は旧姓で申請したり許可をもらっていたりしため、以降の手続きを今後問題なく進められるか、やや不透明な部分があります。どうなるのでしょう…どきどきですね。

また、通称と口座名/戸籍名が異なると、出張などの際に、事情を担当事務の方などにいちいち説明しなければなりません。説明のためのメールを書きながら、婚姻状況のようなプライベートな情報をどうして間接的にでも人に知らせなければならないのだろう…と思うことがよくありました。

そしてお金と時間がかかります。法律婚の手続きだけだったら役所に行って終わりなのに、姓を変更するとなると、警察署に行って、銀行に行って、クレジットカード会社とやりとりし、所属機関やe-Radで手続きをし、決して安くはない更新料 (私の場合は1万6千円) を払ってまだ有効期限が残っているパスポートを変更し、その後もことあるごとに通称使用の事情を説明し…ということになります。名字が変わるだけだから別に実害もないのでは、と思われているみなさまには、ぜひこの面倒な作業を体験していただきたいところ。


最後に

私自身は選択的夫婦別姓に賛成なのですが、内なる偏見に気づく出来事もありました。妻と一緒に集まりなどにでかけて、結婚しました、と人に伝えると、日頃から夫婦別姓に賛成している人であっても、私ではなく妻のほうに、「では、◯◯さん (私の旧姓) になったのですね」と話しかけることがあるのです。夫婦別姓に賛成しながらも、妻のほうが姓を変更するものだという多数派の規範を無意識に内面化して、なにげなくそうした判断をしてしまうのだろうなと思うとともに、私自身もそうした規範に無意識のうちにとらわれているかもしれない、と我が身を省みる機会にもなります。何事も、自分で体験してみると、新たな気づきがあるものです…。




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