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飼育下チンパンジーにおける同位体オフセットの推定



背景

炭素・窒素安定同位体分析は,生物の食性を調べるのに使われてきた手法です.生物の体は食物由来の元素からできているため,食物中の炭素・窒素の安定同位体比 (14Nなどの軽い同位体に対する15Nなどの重い安定同位体の存在比) は,それを食べた消費者の体組織にも反映されます.消費者の体組織の同位体比と食資源の同位体比を測定して比較することで,各食物 (大まかなカテゴリー) の寄与を推定できます.生態学の研究では,特に炭素・窒素の安定同位体分析がよく行なわれ,ヒトを含むさまざまな動物で,植物,肉,海産物などの摂取割合が推定されてきました.

近年,ヒト以外の現生霊長類に安定同位体分析を応用する研究が増えてきました.なかでも,ヒトにもっとも近縁なサルであるチンパンジーでは特に研究が多く,生態学的なテーマだけでなく,チンパンジーの同位体分析結果をもとに化石人類の食性を議論するような研究も出てきています.こうした研究では,主にチンパンジーの毛や糞が分析されています.

しかしこれまでは,チンパンジーにおける食物と体組織のあいだの同位体比の「オフセット」が不明で,結果の解釈に不確定な部分がありました.「オフセット」とは,要するに「差」のことです.同位体生態学では,食物と体組織の安定同位体比のあいだに決まった差が生じることがわかっており,対象とする種ごとに,あらかじめこの値を実験的に求めておかないと,食物の寄与割合を正確に推定できないのです.

本研究では,何をどれくらい食べたのかを正確に把握できる飼育下のチンパンジーに協力をいただき,食物–毛,および食物–糞のあいだの炭素・窒素安定同位体オフセットを調べました.



対象・方法

対象としたのは,京都大学・霊長類研究所に飼育されているオトナのチンパンジー13個体です.霊長類研究所では,チンパンジーの食生活をより良いものにする努力を続けており,その一環として,2015年6月のある1週間に,それぞれの個体が食べた食物の品目と重さをすべて記録する調査を実施していました.その実施担当であった藤森唯さん (第二著者) と霊長類研究所のみなさまに協力をいただき,その1週間を対象に,同位体分析用の食物やチンパンジーの糞・毛などを非侵襲的に採取しました.これらの手順は,霊長類研究所の共同利用研究として実施しました.

採取した試料は冷凍しておき,後日同位体分析しました.食物の栄養価については,ヒト用の栄養成分表などを参考にして情報を得ました.



結果・考察

食事調査の結果を野生チンパンジーと比較すると,食べている食物カテゴリー (果実や葉など) ごとの割合にはそれほど違いがありませんでした.大きく異なっていたのは,霊長類研究所のチンパンジーではサル用ペレットと根茎類 (どちらも野生チンパンジーはまず食べない) の割合が比較的大きかったことでした.

霊長類研究所チンパンジーの毛の同位体オフセットを計算したところ,ヒトやニホンザルで報告されているのと同様の値が得られました (図1).窒素同位体のほうは特にばらつきが少なかった一方,炭素同位体では種や研究によって値が多少ばらつきました.これは,毛がどんな栄養素から作られるかということと関係すると考えられます.毛はケラチンというタンパク質からなりますが,ケラチンの窒素のほとんどは食物のタンパク質に由来します.一方,ケラチンの炭素は,多くがタンパク質に由来するものの,炭水化物や脂質に由来するものも含まれます.タンパク質・炭水化物・脂質の炭素同位体比は大きく異なる場合があり,それぞれの研究の対象個体がこれらの栄養素をどんな割合で摂取していたかが変わると,炭素同位体オフセットもそれにつられてばらついてしまうのです.

Stable carbon and nitrogen isotopic offsets in primates
図1. 本研究で得られた霊長類研究所のチンパンジーにおける同位体オフセットと,先行研究で報告されていた値の比較.

糞の同位体オフセットは,ヒトやゴリラや野生チンパンジーで報告されているのとおおむね同様の値が得られましたが,炭素同位体では特に,研究によって値が大きくばらつきました (図1).これは,糞がさまざまな成分を含む不均質な試料であることと関係すると考えられます.未消化の食物,腸内細菌,脱落した消化管の細胞などは,それぞれ異なるオフセットをもっており,これらの混合比率がばらつくと,糞全体の同位体オフセットもばらつきます.また,研究によって糞の前処理方法も異なる場合があり (砕いてフルイにかける,エタノールに保存する,など),そうした要因も大きなばらつきに効いたと考えられます.

チンパンジーやほかの霊長類がどのように食物を消化し,どこまで栄養素を有効に使えるかなどには,まだわからないことも多くあり,より精緻な研究をするためには,生理学・栄養学的な研究の知見が必須です.



論文情報

Tsutaya T, Fujimori Y, Hayashi M, Yoneda M, Miyabe-Nishiwaki T. 2017. Carbon and nitrogen stable isotopic offsets between diet and hair/feces in captive chimpanzees. Rapid Communications in Mass Spectrometry 31: 59–67. DOI: 10.1002/rcm.7760.


参考文献

香川芳子. 2016. 七訂食品成分表2016. 東京: 女子栄養大学出版部.


雑記

京都大学・霊長類研究所のチンパンジーたちの個人紹介は以下のページよりご覧ください.
メンバー紹介 | 京都大学霊長類研究所 - チンパンジー・アイとそのなかまたち

下の写真は,霊長類研究所の宿舎の寝室の壁に飾ってあったパネル.ニホンザルだと思います.

Japanese monkeys in the embracing behavior?




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