この文章は,『Anthropological Letters』第3巻2号 (2014年12月発行) に寄稿したものです.人類学若手の会の許可を得て,こちらに転載しました.
蔦谷匠. 2014. フォーラム「研究の方法論」—1— 論文の書き方. Anthropological Letters 3:20–23.
フォーラム「研究の方法論」—1— 論文の書き方
研究の方法論について、ほかの人のやり方を知りたいなと思い、フォーラムというかたちで連載企画をはじめてみました。論文の書き方、文献管理、図の作り方、学会発表のコツ、モチベーションの維持といった、研究という営みの重要なプロセス (研究内容のような成果でなく) について紹介していただきたいなと思います。というのも、研究者として仕事をつづけていくうえでもっとも大切とも言えるところなのに、こうした方法論を体系的に学ぶ場は、日本の高等教育では少ないと思うからです。ほかの人の方法を知ることで自分の方法を精錬させられますし、自分の方法論を言語化することで新しい発見があるかもしれません。
0. まず論文にできるだけの成果がある
まずは「書くこと」があるのが前提です。実験や分析のデータがあり、数値にまとまっていて、なんらかの主張をサポートできるかたちになっている必要があります。私はここで投稿するジャーナルを決め、統計解析の結果をまとめておき、投稿規定にあわせた本気の (要するにそのまま投稿できる) 図表をつくります。
1. 質を量に変える
データから主張を導きだす作業とでも言いましょうか。i) この結果が (投稿先のジャーナルの読者が興味をもつ学術的文脈において) なぜ重要なのかを明確にし、ii) 結果とその主張のあいだをエビデンスと論理の鎖でつなぎます。
i) この作業にいちばん時間がかかるような気がします。得られた結果をもとにどんな主張が導けるか閃くまで、数ヶ月以上寝かせておきます。こういうエビデンスがあれば論理の鎖がつなげるな…とあたりをつけます。
ii) 関連する先行研究を網羅し、ジグソーパズルを埋めるように、論文の建設材料を集めます。私の場合は、関連しそうな論文・学術書を片っ端から読み、それらの引用文献に有用そうなものがあればさらに求め、先行研究の内容を和訳して抜き出したものをひとつのテキストファイルに収集します。関連する先行研究をすべて覆えたと自分で納得できたときがこの作業の終わりです。
2. 地図をつくる
プロセス0-1で得られた材料を配置する作業です。論文の構造 (背景・方法・結果・考察) に沿って、読者にわかりやすいように、情報の提示順などを考えます。
まずはトピックセンテンスを書き出し、それを並べてみることから作業がはじまります。うまく並んで論文の粗い骨組みができたら、それぞれのトピックセンテンスを分解して、その部分で書くべきことを簡潔に書き出していきます。これを、過不足がなくなるまで何度かくり返します。ちなみに私の場合、この作業が終わると、A4裏紙1-2枚に細かい字で書かれた論文の地図が得られます (図1)※1。
なお「過不足なく」というのは、論理の鎖がつながっており、かつ余計なこと (査読者につっこまれても応えられないこと※2) が書かれていない状態を指します。この基準が自分ではわからないようでしたら、経験のある研究者に聞いてみたり、本を読んで勉強してみたりすると良いのかもしれません。論理の鎖については、私は理屈っぽい性格であるためか、自分の脳内で問答を繰り返していると自然な落とし所がわかるようです。
なおこのプロセスまでで、論文執筆の半分は終わったなという感じです。だいぶ気が楽になります。言い換えると、いざ書き始めるここのところまでが重要なのかもしれません。
3. 肉付け
プロセス2でつくった地図 (骨組み) にしたがって英文を書いていきます (肉付け)。各文で「書くこと」はもう地図になっているので、それを英語の文章でアウトプットするだけの作業です。
なお私は、いくら文法や構文に気をつけても、ネイティブの感覚にはどうしても追いつけないものがあると感じるため、英文校正を投稿前の最後にかけます。値段的には安くはないですが、「多少いい加減でも最後に校正するし良いか!」と、やる気の低下という最大の敵を気にせず、英文執筆を気軽に進められます。この効果を考えれば、かかる費用以上にメリットのある投資だと思います。
また、気が進まなくてもとにかく英語に変換していきます。執筆時は自分の書くダメ英語に辟易しながらも、あとで見返すと意外とまともだったりします。やる気を保つ意味合いもありますが、1日を費やして1パラグラフ書ければOKと考えます。数パラグラフ書ければもう上出来! 1セクション書けてしまったら、中祝いということで今日はもう終わりにしてビールでも飲みに行きましょう。
4. 肉付け後に地図を改変したくなったら
基本的にはプロセス2と3のくり返しです。部分的に地図をつくって肉付けして、パッチをあてます。リジェクトされるよりは、ここで苦しい思いをしても納得できる原稿を書き上げるのだ、と自分に言い聞かせます。プロセス2をきちんと納得できるものにすればするほど、あとの作業が楽になると思います。
5. 細部をととのえる
原稿が書き上がり (英文校正をかけ終わり)、図表も引用文献もそろった状態で、このプロセスに入ります。原稿の印象が決まる大事な作業です。統計の数字は間違いない? 引用文献は過不足なし?※3 図表の対応は大丈夫? 投稿規定も最後にもう一度確認しておきます。
そして投稿です。はぁおつかれさまでした。
6. リバイズ—自分の庭で遊ぶように—
運良くリジェクトを免れたら、だいたい数ヶ月後、査読者が貴重な研究時間を割いてしてくれたコメントを手にしていることでしょう。Minor revisionだったらおめでとうございます。本稿では、Major revisionだった場合について書きます。
査読が返ってくる頃には自分が何を書いたかを忘れているので、今度は思い出し用の地図をつくります。簡単なもので大丈夫です (図2)。それと同時に、私は査読者のコメントを全訳します。地図とコメントをつきあわせて、思い出し地図に矢印などを書き込んで、リバイズ方針を決めます。
大きな改訂の場合は、プロセス1-3をくり返して、改訂部分にパッチをあてます。このとき、自分の書いた原稿の全体をきちんと把握していないと、元々の文章と変更箇所が変に混じりあって、一貫性がなくなります。主張の整合性やわかりやすい文章の順序を壊さず、査読者のコメントをきちんと取り入れるには、思い出し用の地図をつくりコメントを全訳して、勝手知ったる自分の庭で遊ぶように、原稿を改訂していくのが良いなと感じます。
すべての変更箇所はあとで見てわかるようにしておきます。再投稿時に、コメントと変更箇所の対応を示して、レスポンスを書きます。そして再投稿。吉報を待ちましょう。
注
※1 裏紙を使うところと1枚におさめるところが私の美学です…笑。
※2 データからは支持されない推論などです。もちろん、不都合なエビデンスは示さない、ということではありません (そういう態度は研究者として不誠実ですし、査読者が論文の著者以上にその分野に詳しかった場合には印象を悪くしますし)。
※3 引用文献の管理についてもそのうち書きたい・他の人の場合を知りたいところです。ちなみに私はMendeleyを使っています。
参考文献
酒井聡樹. 2006. これから論文を書く若者のために 大改訂増補版. 共立出版. —論文を書こうとする大学院生のバイブルのような本です。そもそも何を論文に書けばいいの?結果と考察の違いは?といった疑問に答えてくれます。
Tsutaya T, Shimomi A, Nagaoka T, Sawada J, Hirata K, Yoneda M. in press. Infant feeding practice in medieval Japan: stable carbon and nitrogen isotope analysis of human skeletons from Yuigahama-minami. Am J Phys Anthropol 156:241–251. DOI: 10.1002/ajpa.22643.