この文章は,『Anthropological Letters』第5巻1号 (2014年12月発行) に寄稿したものです.人類学若手の会の許可を得て,こちらに転載しました.
蔦谷匠. 2016. フォーラム「研究の方法論」—3— モチベーション. Anthropological Letters 5:16–18.
フォーラム「研究の方法論」—3— モチベーション
研究の方法論について、ほかの人のやり方を知りたいなと思い、フォーラムというかたちで連載企画をはじめてみました。論文の書き方、文献管理、図の作り方、学会発表のコツ、モチベーションの維持といった、研究という営みの重要なプロセス (研究内容のような成果でなく) について紹介していただきたいなと思います。というのも、研究者として仕事をつづけていくうえでもっとも大切とも言えるところなのに、こうした方法論を体系的に学ぶ場は、日本の高等教育では少ないと思うからです。ほかの人の方法を知ることで自分の方法を精錬させられますし、自分の方法論を言語化することで新しい発見があるかもしれません。
1. 大きなパターン
私の場合、研究に対するモチベーションには、数週間から数ヶ月単位の大きな波があります。アカデミック・ハイの絶好調な時期と、ほとんどやる気のおきないスランプの時期とが、通常営業の時期を挟んで交互に繰り返す感じです。この大きな波は、私の意識的な努力ではほとんど変更が効きません。訪れた波を受け入れて、それにあわせて作業内容や生活リズムを適応させられるのみです。
1.1 スター状態
絶好調のときには、本当に本当に研究が楽しくなりますよね。自然と長時間作業をしていて、気づいたらもう夜!?ということもざらにあります。心地よい疲労感とともに家に帰って、明日やる予定の作業を思い浮かべてニンマリしながら、さっさと眠りにつきます。(私は朝型なので、調子の良いときほど朝や午前中に作業を集中させる傾向があります)。絶好調のときには研究以外のことがほとんど目に入らず、できるだけ研究を進めたい一心で、雑務なども最小の心理的・時間的負担でさっさとまわしていくことができます。(ああすごい…)。まるで「スーパーマリオのスター状態」のような気分です。私は、このアカデミック・ハイの状態の味をしめてしまったがゆえに、研究をつづけていると言えてしまうかもしれません。
改めて考えてみると、私の場合、何か明確な目的があるときにスター状態になりやすいようです。抽出し終わったデータを解析してこれから結果を出す!とか、論文の査読が返ってきて1ヶ月以内に再投稿!とか、そういうとき。健康な生活を送っていたり、善行を積んでいたりしたら、よりスター状態になりやすかったりするのでしょうか…どなたかご存知でしたら教えてください。。
1.2 スランプ
しかし、そうした研究者に許された特別な時間にも、いつか終わりがやってきます。そうなると今度はスランプです。スランプのときは、研究室に行って机に向かっても、ひたすらやる気がおきず、用もないのに頻繁に席を立ってみたり、気づけばだらだらインターネットをしていたり、早く夜にならないかなあ…と窓の外を眺めていたり。きっと読者のみなさまにも心当たりがあると思いますが、この時期は本当につらいですよね。(ちなみに、そんなつらい時期の真っ最中に、この原稿を書いています…)。
スランプの時期にはとにかく自分に甘くするようにしています。研究をやりたくなかったら、無理してやらなくてもいいのです。苦しい思いをしながら何もせず机に向かっているよりは、さっさと家に帰って掃除をしたり (時間に自由の効くポジションにあるポスドクの特権ですが…)、積ん読になっていた本を消化したり、自転車に乗りにでかけたり、手のこんだ料理を作ってみたり。自分を追い詰めても心身に毒ですし。(ただし、他の人がかかわってくる用件についてだけは、やる気がないからと言って仕事を放置すると、罪悪感から自分が精神的に追い詰められ、ますますやる気がなくなっていく負のサイクルに落ち込むため、スランプ中でもできるだけ通常営業のテンポを保つようにします)。
ただ、こうした自分に甘い時期にあっても、スランプの動向を狡猾にうかがう目線は常に持つようにしています。これだったらちょっとできるかな?と思ったら、どんなに瑣末な作業でも手をつけてみます。「おっ、案外できる?」となればしめたもの。その作業で成功体験を得て勢いをつけて、ほかのもっと大きく重要な作業にも手を広げていきます。こうしてだんだん陣地を奪っていき、そのうち波に乗れれば、いつのまにかスランプは終わっています。おやつや先の楽しみを活用するのもひとつの手ですね。
2. 小さなルール
自分の性質にあわせて、ほかにも小さなルールを設けていたりします。
2.1 移動中は仕事をしない
電車や飛行機に乗っているときは、論文を読んだりPCを開いたり学術書を読んだりしません。そのかわり、私は趣味の小説を読んでいます。これは、もともと読書が好きでそのための時間をなんとか捻出したいということもあるのですが、移動にともなうナーバスな感情を刺激しないようにという意図があります。
移動するときって、調査や学会や研究打ち合わせに出かけて、普段と違う環境や人間関係にとびこむときだったり、そうしたイベントから帰ってきて「ああ明日からまた日常が始まる…」とため息をついてたりするときですよね。そういうときに仕事をすると「あれもしてなかった、これもまだだ…」とナーバスな感情に拍車がかかってしまい、ひいては出張そのものにも苦手意識を抱くようになってしまいます。なので、移動中はいさぎよく仕事を忘れて、自分にとって楽しいことをします。(ただし、締切を抱えて切羽詰まっているときなどにこれをやったりすると「こんなことやってていいのだろうか…」と逆にナーバスになったりするので、そういうときは自分の気持ちと相談して、プリントアウトした論文を開いたりデータ解析をこつこつ進めたりします)。
2.2 計画はしない。締切だけがある
私はけっこう気分屋で飽きっぽいので、細かい計画を立てても「今はこれよりこっちをやりたい」という感じになって、計画が計画の意味をなしません。なので、基本的に「締切」という終わりの部分だけ守って、あとはそのときの気分で研究を進めていきます。締切は、明示的に定められているものだったり (ゼミ・学会発表、原稿・研究計画の提出、調査前の準備など)、自分で決めたものだったり (◯◯までに学位を取る、研究成果を原稿にまとめる、など)。「この締切に間に合うには、この日までにこれをしていなければやばい」と頭が勝手に計算して (人はそれを「計画」と呼ぶのかもしれません…)、やる気が湧かなかったお仕事も、締切パワーで直前までには仕上がるので安心です。
ただこのやり方では、「緊急でないが重要なこと」が取りこぼされがちなので、どうしたものかな…と悩んでいたりもします。
2.3 大きな飛躍は余裕があるときに生じる
私はけっこう気分屋で飽きっぽいので、細かい計画を立てても「今はこれよりこっちをやりたい」という感じになって、計画が計画の意味をなしません。なので、基本的に「締切」という終わりの部分だけ守って、あとはそのときの気分で研究を進めていきます。締切は、明示的に定められているものだったり (ゼミ・学会発表、原稿・研究計画の提出、調査前の準備など)、自分で決めたものだったり (◯◯までに学位を取る、研究成果を原稿にまとめる、など)。「この締切に間に合うには、この日までにこれをしていなければやばい」と頭が勝手に計算して (人はそれを「計画」と呼ぶのかもしれません…)、やる気が湧かなかったお仕事も、締切パワーで直前までには仕上がるので安心です。
ただこのやり方では、「緊急でないが重要なこと」が取りこぼされがちなので、どうしたものかな…と悩んでいたりもします。
参考文献
島岡要. 2009. やるべきことが見えてくる研究者の仕事術: プロフェッショナル根性論. 羊土社. —やる気はあるのにどうしたらいいかわからない……というときに読むと、背筋がびしっとのびるかも。
夏目漱石. 『私の個人主義』—あの漱石ですら、自分のやりたいことがわからずにナマコのような気分で過ごしていたことがあるんだ……となんだか勇気づけられます。青空文庫で読めます。