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この文章は,『Anthropological Letters第5巻2号 (2016年12月発行) に寄稿したものです.人類学若手の会の許可を得て,こちらに転載しました.

蔦谷匠. 2016. フォーラム「研究の方法論」—4— プレゼンテーション. Anthropological Letters 5:29–31.


フォーラム「研究の方法論」—4— プレゼンテーション

研究の方法論について、ほかの人のやり方を知りたいなと思い、フォーラムというかたちで連載企画をはじめてみました。論文の書き方、文献管理、図の作り方、学会発表のコツ、モチベーションの維持といった、研究という営みの重要なプロセス (研究内容のような成果でなく) について紹介していただきたいなと思います。というのも、研究者として仕事をつづけていくうえでもっとも大切とも言えるところなのに、こうした方法論を体系的に学ぶ場は、日本の高等教育では少ないと思うからです。ほかの人の方法を知ることで自分の方法を精錬させられますし、自分の方法論を言語化することで新しい発見があるかもしれません。


はじめに

パワーポイントの「スライド」を使ったプレゼンテーションは、アカデミアのみならず、ビジネスや学校教育や社会教育の場面にも必ずと言って良いほど登場するようになっており、心を掴んだり、勝ち抜いたり、上達したりするためのコツやスキルが、あまたの書籍やWebサイトにあふれかえっています。私がプレゼンテーションについて語り得ることはもはや残されていないかもしれません……。でもそんなことを言っていてはこのフォーラムのスペースに穴が開いてしまうので、私の方法を紹介することにしましょう。凡百の技術指南と同じ内容でも良いのです。そうです、このフォーラムの趣旨に照らして、「私の」方法論を紹介することに意味があるのです (開き直り)。また、ぜひとも読者のみなさまの方法論も教えてください…!(切実)

本稿では、小手先のテクニックというよりは、プレゼンテーションにおけるフィロソフィー (あはは笑) について書いてみます。言うなれば、スライドをひと通り作った後にする装飾ではなくて、作りはじめる前にすべき心構えみたいなものでしょうか。いろいろあるなかから、私が特に重要と考えている4点をあげてみます。


要点(1) 顧客は誰か?

プレゼンテーションをする目的、つまり、誰にどんなアクションをとってもらいたいか?を考えましょう。プレゼンテーションの目的を「研究内容をわかってもらうこと」と考えている人が多いかもしれませんが、わかってもらうことは前提でしかなく、その先の、他人にとってもらいたいアクションが重要です。

例をもとに具体的に考えるとわかりやすいかもしれません。学会や研究室ゼミでの発表では、同業者にプレゼンテーションをすることになるので、専門用語や背景の説明の丁寧さ加減などは自ずと決まってきます。研究をブラッシュアップするために突っ込んでもらいたいのであれば、自分が欠点と考えるところをすすんで提示して、論文化に向けてさまざまな視点を取り入れることになります。自分の有能性を宣伝して将来の採用候補リストに名前を加えてもらいたいのであれば、研究の些末な欠点よりは、成果の新規性や重要性を強調することになるでしょう。義務だが苦痛でたまらないイベントなのであれば、「この人はひととおりの勉強はしてはいるのだな」と同情させ、かつ早く終わるように突っ込ませる隙を与えない (e.g., 勉強が足りずわかりませんと断るなど) スライド作りを心がけましょう。

誰にどんなアクションを、という部分は、一般常識に縛られずに自分自身が決めて良いところです。場合によっては、「あの先生ただひとりに理解してもらって、サンプルを提供してもらえるようにしたい/留学先として受け入れてもらえるようにしたい」などといったケースもあるでしょう。こうした場合には、ほかの聴衆が全員ポカンとして内容を理解できなくたって、「あの先生」が膝を打って「これはすごい研究(者)だ!」と思ってくれれば、あなたにとってはプレゼン大成功です。(もちろん「あの先生」が他の聴衆の反応も加味する可能性があることは頭の片隅に入れておいてくださいね……)


要点(2) すべての要素に意味があるスライド

スライドの上に置いたものにはすべて説明責任が生じると考えましょう。なぜその色/形/大きさ/修飾/位置/フォント/etc…なのか、なぜこの文ではなくその文がベストなのか、説明できますか?論理的に説明できなければそれは不要です。思い切ってdeleteします。

なぜなら、スライドに映しだされたものについて、聴衆は意味を見出そうとして勝手に考え始めてしまうからです。スライドを作っていると、Microsoftのお節介機能に目移りして、きれいな形や色を追加したくなってきます。余白が気になって、何かで埋めなければならないような気になってきます。ですが、そういうときはちょっと踏みとどまって、変更を加えることに十分論理的な理由があるかを自分に問いかけましょう。ただきれいに見えるとか、安心するといった理由なら、聴衆はそうした装飾に勝手な意味を見出し、勝手に混乱してくれることになるので、不要です。

また、聴衆の理解のためのリソースは限られています。スライドに映っているものが多いほど/複雑なほど、理解のためのリソースは奪われます。基本的には、シンプルで情報量が少ないほど良いスライドです。デザインの反復 (e.g., 見出しの大きさや色をそろえる、同じものは同じ色や形でとおす、節目ごとに目次を出して現在位置を確認する) は聴衆の理解リソースの節約に役立ちます。十分条件は口頭で補足して、必要条件のみスライドに載せましょう。余白を恐れてはなりません。


要点(3) 「スライデュメント」死すべし

スライデュメントとは、「スライド+ドキュメント」という意味の造語で*1、要するに、文章が小さな文字でぐちゃぐちゃっと書かれたようなスライドのことです。驚くべきことに、この世の中には、ほぼ文字のみから構成されたスライドを、発表者がスライドに向けて (いいですか、聴衆に向けてではなく、スライドに向けてですからね!) 読みくだすだけの、実に退屈な「プレゼンテーション」が存在します。書いてある文章を読めば内容がわかるのであれば、わざわざ時間を使って発表をする必要はなく、配布資料を各自で読んでもらえば良いだけではないですか!

プレゼンテーションの主は「あなた」で、スライドは「従」です。これを誤って、スライドを詳細な説明資料と考えてしまうとその先に、多かれ少なかれ、スライデュメントの悲劇が待ち構えています。スライドはあくまで説明のための道具で、プレゼンテーションのための図を載せておいたり、備忘録としてキーワードを書いておくといったくらいの位置づけで十分です。

聴衆から何かしらのアクションを引き出すためには、「あなた」が自分の声や身振りを使ってプレゼンテーションをして、自分なりの空気や雰囲気を創りだす必要があります。「スライド」が説明をしたって、聴衆の心は動かされないのです。


要点(4) 精神的はったり

楽しくなくても、自信がなくても、発表者は楽しそうに、自信満々に振る舞うと良いでしょう。発表者が楽しんでいなければ聴衆はつまらなくなりますし、発表者が自信なさげなら内容もなんだかあやしいものに見えてきます。研究結果がネガティブだったり、スライドを作りこむ暇がなかったりしても良いのです。むしろそういう場合がほとんどですし (ほとんどですよね…?)、そういう場合であるならなおさら、カラ元気ならぬカラ自信だけは用意しておきましょう。内容や表現でマイナスを補えないとき、プレゼンテーションの自信すらなかったら救いようがありません。「今からお前たちにものすごくおもしろい話を聞かせてやる」というくらいの心意気で臨むと、発表者の自信と楽しさが聴衆にも伝染します。

そして、そうした自信と楽しさを得るためにも、プレゼンテーションの練習をしておくことをお勧めします。練習は自信につながります。他によって立つ自信の根拠がなくとも、練習だけはあなたを裏切りません。

「聴衆の心を動かす」といった感情的なフレーズはサイエンスの客観性と相容れないのでは?と考える方もいるかもしれませんが、ことプレゼンテーションにおいては、必ずしもそうとは言えないのです。1で述べたプレゼンテーションの目的を思い出してみましょう。聴衆に「わかってもらう」だけなら論理を整然と並べれば事足りますが、「アクションをとってもらう」には、論理だけでなく感情にも働きかける必要があります。もし、感情に訴えかけるような発表はサイエンティストとしての自分の沽券にかかわる、という考えが浮かんできても、プレゼンテーションにおいては割り切って、楽しさと自信にあふれた自分を演じてみることにしてはいかがでしょうか。


その他

最後に、項目1−4の他にもぜひとも守りたい鉄則を箇条書きにしておきます。


*1 レイノルズ G (熊谷小百合 訳). 2009. プレゼンテーションzen. ピアソン桐原. —プレゼンテーションの参考書として第一に名前をあげたい良書です。研究におけるプレゼンテーションと相容れないところも一部にはありますが、本書に記されている理念みたいなものは広く応用が効きます。





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