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この文章は,NPO法人「FENICS」の2019年10月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.


新たな視点

子供が生まれてから、世界の見え方が変わった。

まず、生活のまわりかたが子供中心になった。私はこれまで朝型で、まだ暗いうちから起きて朝食をそそくさと済ませると、午前中はそのまま仕事に没頭するようなサイクルで研究を進めてきた。しかし子供が生まれたあと、朝の時間のほとんどは家事と子供の支度に費やされるようになり、どこか疲れがたまっているのか、起きる時刻も遅くなった。その結果、仕事時間は子供が保育園に行っている平日の9時から17時のあいだとなり、それ以外の時間帯や休日に仕事をしようとすると、睡眠時間を削らなければならなくなった。いくらでも時間があるような気がしていた大学院生時代と比べると大きな変わりようだけれど、限りある時間を大切に使う集中力が養われているような気もする。

研究に対する責任感も高まった。私は、現代日本の母子より尿サンプルの提供を受けて分析する研究を進めている。自分たち夫婦で新生児を育ててみて実感したけれど、忙しい毎日のなかで定期的に赤ちゃんの尿サンプルを集めるなんていうことは決して容易ではない。同僚などからよく冗談まじりに「蔦谷さんは研究のためにお子さんの尿サンプル集めないんですか?」といったことを聞かれるけれど、特に産後すぐの時期、自分たちの場合はとてもそれどころではなかった。分析法に議論があるため研究は思ったように進んでいないけれど、大変な毎日のなかで集めていただいたサンプルを、なんとしても結果にしなければ!と強く思っている。

子供が世界をどう見ているのだろうと想像するのも楽しい。この連載を始めた頃は、子供は生まれたての新生児で、なにかよくわからない小さな生き物が家にやってきた、という感じだった。しかし、来月で1歳になろうとしている現在の子供はもう立派な「幼児」といった雰囲気で、家のなかをくまなくはいずりまわっては興味深げにいろんなものを手にとって舐めまわし、つかまり立ちして嬉しそうに何事かをしゃべり、ミカンを見るときゃっきゃと目を輝かせて口をもぐもぐさせる。1年も経たない昔のことなのに、新生児の頃の子供の様子はもはやだいぶ忘れている。それでも、興味深そうにきょろきょろとまわりを見回す目の動きはより活発になり、なによりも自分の体を思うように動かせるようになって、行動範囲が広がっている。ごくありふれた紐なんかを手にとって、集中して遊んでいる様子を見ると、子供と大人で世界の見え方はだいぶ違うんだろうな、と思う。保育園に行っているあいだのことは私たち夫婦もよく知らず、すでに子供は自分なりの世界を構築し始めている。子供の目に映る世界が、この先もすてきなものであってほしいなと願いながら、日々を一緒に過ごしている。

【宣伝】ヒトを含めたさまざまな動物の子育てについて、いろいろな分野の研究者が分担執筆した以下の書籍が、この10月末に刊行されます。扱っている大部分はヒト以外の動物の子育てですが、進化の視点から子育てという営みを眺めることで、現代人の子育てにおける「べき論」や「常識」を違った視点から相対化できるような内容になっています。私もヒトの子育てを進化の視点から読み解く章を執筆しました。執筆者たちによる子育てエッセイのコラムも非常におもしろいと思いますよ。

齋藤慈子、平石界、久世濃子 編、長谷川眞理子 監修
正解は一つじゃない 子育てする動物たち
東京大学出版会

(おわり)


Parenting in animals

子供は本が大好きで、あっというまにべとべと・びりびりにしてしまうので気が抜けない。


連載「研究者の子育て」全話





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