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この文章は,『月刊ポスドク第7号 (2016年12月発行) に寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.

tsutatsuta. 2017. 安ホテルの16時半. 月刊ポスドク 7:20–21.


安ホテルの16時半

面倒くさい

出張なんかでちょっと時間が余って、午後の、16時半くらいの安ホテルの一室でハッと「あぁ夜までどうしよう」というようなことを思うときがある。仕事は終わったし、せっかくこういうところまで来たのだから、遊びに出たって良いのだ。でも、それなりに有名な観光地まではちょっと離れているし、ご飯を食べに行くのにも中途半端な時刻だし、なによりもそうやってわざわざ出かけていくのが本当に面倒くさい。

狭苦しい安ホテルの一室に、ひとり、ほえ〜と座り込み、実はここが世界のなかでもっとも居心地のいい場所なんじゃないかと思えてしまう。名所を見たり名産を食べたり、そういうことをしても心から感動するようなことはあまりなくて、「見た」とか「食べた」という既成事実を得るために出かけていくような、そんな内向的な気分になってきてしまう。ああ、ああ、なんて面倒くさいんだろう…。

そんなとき、ラップトップを広げてメールチェックを始めたり、印刷してきた論文を読み始めたりしてしまうのは、業績を積まねばならないプレッシャーに始終さらされているポスドクの悲しい習性なのかもしれない。……いや、正直に告白しようか、そうした旅先のすきま時間に始めてしまうお仕事が、私はわりと好きなのだった。


旅先に仕事場を

旅先でする仕事にはけっこうな制約がある。出張に持っていくラップトップは持ち運びやすいかわりに処理速度が遅くて、いくつかソフトウェアを立ち上げると、動きがぬるぬるし始める。参考にしたいあの書籍は仕事場の本棚に置いてきてしまったし、デュアルディスプレイもないから、データを画面いっぱいに広げて確認するのにも難儀する。

だから自然と、旅先でする仕事はふだんと違ったものになる。A4の裏紙を広げて、論文の構成をじっくり考えたり、「積ん読」になっていたのをあわててスーツケースに詰め込んできた書籍や論文を取り出して読んでみたり、データの整理や、ちょっとしたまとめをしてみたり。アナログな作業が増えて、自分の研究を落ち着いて見直す機会ができ、緊急度が低かった仕事にほいほいと手がついていく。

部屋の環境を自分好みに整える手間も、嫌いじゃない。硬い椅子には、2組かけてあったバスタオルの一方を畳んで置いてクッションにして、カーテンは絶妙な具合に調整して好みの光量を得る。備え付けの湯沸かし器を使って、わざわざ持ってきたお気に入りのドリップコーヒーを淹れてみたりもする。真夏や真冬には空調をきかせて、春や秋には窓を開けて、いつもとはちょっと違う環境で、どことなく新鮮な気持ちで、仕事に取り組むのだった。


先人

旅先に自分好みの仕事場をつくりだしてしまうのは、なにも現代のポスドクに限ったことではない。19世紀の博物学者にして、ダーウィンとほぼ同時期に生物進化のメカニズムを発見していたアルフレッド・ラッセル・ウォレスは、その著書『マレー諸島』※1のなかに、以下のような文章を残している。

ときどき思い出しては自分でも面白いと思うのだが、私は土地の人の小屋を借りて滞在するときにも、数日もたたないうちに、まるで快適な我が家にいるようにすっかりくつろいでしまうのであった。ワイポティで借りた家はただの草葺き小屋で、一方に広い竹の縁台があった。私はこの1メートルほどの高さの縁台の隅に蚊帳を張り、その一部を大きなスコットランド製の布地で囲って、狭いが快適な寝室を作った。土間に埋めて立てた脚の上に板を置いてテーブルにし、また座り心地のよいラタン製の椅子を持ってきていた。部屋の一角に張った紐には綿の衣類を毎日洗濯してかけ、竹製の棚にはわずかばかりの食器類と調理器具類を並べた。箱は草葺きの壁ぎわに並べ、乾燥中の標本をアリから守るための吊るし棚は家のなかと外の両方に作った。テーブルの上に置かれた本、小刀、はさみ、やっとこ、虫ピン、そして昆虫や鳥の標本ラベルは、どれをとっても土地の人々には不可解な謎であった。(第26章「ブル島」より)

こにいても、環境を整えて、仕事を始められてしまう能力があれば、長い調査や出張にあっても、なんだか安心して日々を送れるように思う。「アウェイ」の環境でいかにして快適な仕事場をつくりだして維持するか、そこに研究者の真価が問われるのである。(!)

そうして、『マレー諸島』のことを思い出していると、お腹が空いてくる。(ウォレスによる現地の食べ物の記述が、実においしそうなのです)。時刻も良い頃合いだし、そろそろ外に出て、何か今夜のごはんをみつくろってくることにしよう…。


参考文献

※1 ウォーレス AR (新妻昭夫 訳). 1993. マレー諸島 (上)(下)─オランウータンと極楽鳥の土地. 筑摩書房.



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