野生オランウータンの安定同位体生態学
- ボルネオ島の野生オランウータンに対して炭素・窒素安定同位体分析を実施しました。
- オランウータンの糞の安定同位体比 (食性または食物の変動を反映) には季節変動が見られました。
- ただし、安定同位体分析はダナムバレイの一次林における食性推定には向かないことがわかりました。
背景
霊長類の生態学では、摂取した食物を推定する方法として安定同位体分析が用いられることがあります。質量数の異なる炭素や窒素の同位体の存在比率 (安定同位体比) は特定の食物カテゴリーごとに異なっています。そして、採食を通じて、その違いは消費者の体組織にも反映されます。この原理を利用して、霊長類の毛や糞を安定同位体分析することで、対象個体の食性を調べることができます。
こうした安定同位体分析による食性推定は、アフリカの大型類人猿 (チンパンジーやゴリラ) にはよく応用されてきましたがが、オランウータンではほとんど研究がありませんでした。アフリカとは生態学的背景の異なるアジアでも安定同位体分析が有効であれば、絶滅の危機に瀕したオランウータンの食性を迅速かつ定量的に推定できる可能性があります。そうした可能性を検討するため、一次林に暮らす野生のボルネオオランウータンを対象に研究を実施しました。
対象・方法
ダナムバレイ保護区 (マレーシア・サバ州) の野生オランウータン調査地で研究を実施しました。2015年9月から2017年2月までの18ヶ月間に採取した94点のオランウータンの糞と、この間の5ヶ月間を代表する164点の食物植物を分析しました。安定同位体分析の結果は、一般化線形混合モデルやノンパラメトリック検定によって以下のトピックについて分析しました。
- 部位 (果実、葉、樹皮) によって植物の値に違いがあるか?
- オランウータンの性別や年齢区分によって糞の値に違いがあるか?
- オランウータンの糞の値に季節変動があるか?
- 授乳中の若いオランウータン個体では糞の同位体比が異なるか?
- 糞の元素濃度は上記のような違いを示すか?
結果・考察
分析とデータ解析の結果、以下のような結果となりました。
- 部位 (果実、葉、樹皮) によって植物の値に差は見られませんでした。
- オランウータンの性別や年齢区分によって糞の値に差は見られませんでした。
- オランウータンの糞の値には季節変動がありました。
- 授乳中の若いオランウータン個体では糞の同位体比に差はありませんでした。
- 糞の元素濃度は上記のような違いを示しませんでした。
アフリカの類人猿のケースでは、植物部位や性別年齢区分や母乳摂取によって安定同位体比が異なるケースが多いのですが、ダナムバレイの一次林に暮らす野生オランウータンではそうした差が見られませんでした。唯一、オランウータンの糞の安定同位体費には季節変動が見られましたが、オランウータンの食事内容が季節的に変動しているのか、生態系のベースラインが季節変動しているのかは本研究のサンプルセットからは明らかにできませんでした。
しかし、人為的な影響を受けた食物 (農作物や伐採林の植物) が一次林の野生オランウータンの食事に入ってきた場合には、安定同位体分析によって容易に検出できる可能性があります。これは、これまでの研究成果から、そうした人為的な影響を受けた食物と一次林の食物の値が明確に異なると予想されるためです。また、オランウータンの安定同位体比を化石オランウータンの安定同位体比と比較することで、過去のオランウータンの生息環境についても推測しました。
論文情報
プレスリリース
安定同位体分析により野生オランウータンの糞から食性を探る | 総合研究大学院大学
安定同位体分析により野生オランウータンの糞から食性を探る | 海洋研究開発機構
雑記
ダナムバレイでは2015年に研究を始めましたが、その成果をやっと論文化できました。今回の成果によってさらに検討すべき領域を明らかにでき、今後の研究の道筋も示せました。これまで日本やマレーシアの本当にたくさんの方に助けていただいており、今後もオランウータンにかかわる研究を継続できれば本当に良いなと思います。写真はダナムという個体。私たちのことをよく見ようと樹の下のほうまでおりてきました (2016年5月撮影)。