魚骨から復元する先史礼文島の漁撈と海洋環境の変化
- 礼文島 (北海道) の浜中2遺跡から出土した魚骨に安定同位体分析を実施しました。
- いろいろな魚種のなかで、タラだけが、続縄文文化期とオホーツク文化期のあいだで明確な差を示しました。
- この差は、オホーツク文化における漁撈技術の発展またはふたつの時期のあいだの寒冷化イベントに関連すると考えられます。
- さまざまな魚種の骨を通時的に安定同位体分析することで、過去の人びとの漁撈活動や海洋環境の変化を検証できます。
背景
遺跡から出土する骨は、過去の人間行動や自然環境を現代に伝えるタイムカプセルと言えます。なかでも特に魚骨は、ヒトの漁撈活動と海洋環境の良い指標になると考えられます。陸上の遺跡に魚骨が堆積するにはヒトの漁撈という営みが介在する必要がありますし、さまざまな魚種はさまざまな食性や移動パターンを示しますので、海洋環境のさまざまな側面を記録しています。こうした魚骨に対して、食性や生息環境の情報を得られる安定同位体分析を適用することで、過去の海洋環境とヒトの関わりを復元できます。
本研究では、北海道の北西に浮かぶ礼文島に位置する浜中2遺跡を対象にして、魚骨の安定同位体分析から、過去の漁撈活動と海洋環境の復元を試みました。浜中2遺跡の私たちが調査した地点には、縄文時代の後期から近世アイヌ文化の時代に至るまで、連続的な人間活動の痕跡が認められています。また、非常にたくさんの魚骨を含む豊富な遺物が出土しています。このことから、さまざまな魚種において通時的な変化を検討するのに最適な対象であると言えます。
対象・方法
本研究が特に対象としたのは、続縄文文化 (約2300–2250年前) とオホーツク文化 (約1500–800年前) のふたつの文化層です。礼文島では、続縄文文化期には小規模な漁撈を主な生業とする狩猟採集漁撈民がおそらく季節的に居住しており、オホーツク文化期には舟や大きな錘付き網などの発達した漁具をもった漁撈民が住居をかまえて通年居住していたことがわかっています。漁撈活動はオホーツク文化期に特に発達し盛んになったことが、考古学などの先行研究で明らかにされています。
12分類群にわたる合計285点の魚骨を分析しました。これらの骨は2011年から2016年の発掘で得られたものです。魚骨の分類群は共著者 (動物考古学者の高橋さん) によって同定されました。骨を化学的に処理して汚れを除き、コラーゲンタンパク質を抽出しました。これを安定同位体比質量分析計で測定して、結果を得ました。
結果・考察
285点のうち242点から結果が得られました。通時的に十分なサンプル数が存在し、なおかつ礼文島において重要な食資源であったタラ、ホッケ、ニシン、ソイなどについて詳細な検討を実施したところ、タラでは続縄文文化期に比べてオホーツク文化期で窒素同位体比が有意に低下していることが明らかになりました。タラは、小さな個体ほど低い窒素同位体比を示すことがわかっています。また、予備的な分析では、オホーツク文化期にはタラの椎骨の直径も減少していました。これらの結果は、続縄文文化期に比べて、オホーツク文化期に漁獲されたタラのサイズが低下していた可能性を示唆します。
オホーツク文化期に漁獲されたタラのサイズ低下の理由として、ヒトの漁撈活動の変化が考えられます。大きな錘付き網などの漁具が発達して多数の魚を獲得できるようになり、比較的小さな個体も効果的に漁獲できるようになったのかもしれません。タラはほかの魚に比べて肉食の度合いが強く、体サイズと窒素同位体比の関係が強く出ているのかもしれません。
あるいは、タラのサイズや窒素同位体比が変化した理由は、海洋環境の変化にあるとも考えられます。礼文島では、続縄文とオホーツク文化期のあいだに気候が寒冷化したことがわかっています。この気候変動が海洋環境にも影響を与えていたとしたら、それによってタラの成長、移動、繁殖パターンが影響を受け、比較的大きいタラが礼文島に接岸しなくなったかもしれません。
ニシンやソイでも、時期によって安定同位体比に有意な差が見られましたが、差が小さく、傾向が一貫せず、未知の理由やサンプリングバイアスなどに由来すると考えられます。また、漁撈場所の変化、環境の同位体比ベースラインの変化、汚染や分解の影響、季節性、海水温の変化などほかの要因から予測される安定同位体比の変化は、本研究で見られた魚骨の値の変化と一致しませんでした。
本研究では、さまざまな魚種の安定同位体比を異なる時代や時期で比較しました。これによって、過去のヒトの漁撈活動や海洋環境の変化を検討できることを示しました。世界のほかの地域やほかの時代であっても、魚骨の分析によって、過去の人間行動や気候変動についての知見を得られるのです。
論文情報
プレスリリース
魚の骨から復元する過去の漁撈活動と気候変動 | 総合研究大学院大学
雑記
礼文島の浜中2遺跡の発掘プロジェクトには2013年から参加しており、そこで得られた大量の魚骨を分析する機会に恵まれました。発掘プロジェクトの参加者のほか、共同研究者にも大いに助けられ、やっと形にすることができました。へろへろになりながら、2016年度に何百もの魚骨を処理しては分析していたのを未だに思い出します。
写真は、風光明媚な礼文島の様子。現代でも海の幸が豊富で、海産物が非常においしいところです。