オホーツク文化のヒトとイヌ
- 北海道オホーツク文化のモヨロ貝塚 (5世紀以降) 出土の古人骨・動物骨集団について,同位体分析という手法を用いて,食性を復元しました.
- ヒトはタンパク質源の最大80–90%を海生哺乳類に頼っていました.
- しかしイヌでは,海生哺乳類のタンパク質寄与は5–45%で,海生魚類のタンパク質寄与 (3–40%) がヒトより大きかったことがわかりました.
- 同所的に暮らすヒトと家畜のイヌで,食物タンパク質源が重複しないような「食べ分け」があったと考えられます.
背景
5–13世紀頃,サハリン,北海道,クリル・千島諸島に,定住的な狩猟採集漁撈集団のオホーツク文化が栄えます.オホーツク文化は,11世紀以降,縄文時代から北海道にいた人びとの文化 (擦文文化) に吸収・融合されていきますが,文化的伝統の一部 (熊送りなど) は後のアイヌ文化にも受けつがれていきます.考古学や人類学の先行研究により,オホーツク文化の人びとは,海産物に非常に大きく依存した食性をもっていたことが示唆されています.
遺跡から発掘された古人骨・動物骨を安定同位体分析することで,彼らの食性を明らかにすることができます.生物の体は摂取した元素から構成されるため,食物における安定同位体比 (12Cなどの軽い同位体に対する13Cなどの重い安定同位体の存在量) は消費者の体組織にも反映されます.特に炭素・窒素の安定同位体比は,C3植物,陸上哺乳類,海生魚類などの大きなカテゴリーごとに特定の値をとります∗1.遺跡から発掘された消費者 (ヒトや家畜∗2) の骨コラーゲンの炭素・窒素同位体比と,食資源 (家畜や魚や陸獣など) の同位体比を比べることで,消費者がどんなカテゴリーの食物をどのくらいの割合で食べていたか,定量的に復元することができるのです.
本研究では,同位体分析を利用して,北海道東部のオホーツク文化を代表する遺跡であるモヨロ貝塚に暮らした過去のヒトと家畜イヌの食性を詳細に復元しました.
対象・方法
対象としたのは,モヨロ貝塚 (北海道網走市・5世紀以降) から発掘されたヒト成人と動物の骨です.この遺跡は,1900年代のはじめから何度も発掘が行なわれてきた有名な遺跡で,たくさんの人骨や動物骨が出土しています.ヒトは58個体,動物は,陸上哺乳類,魚,海生哺乳類など18個体を分析しました.骨コラーゲンは,食物のタンパク質同位体比を主に反映するので,本研究で復元できるのはタンパク質の寄与割合となります.
共同研究者に協力をいただき,ヒトの性別判定や動物種の同定を行ないました.
結果・考察
分析とデータ解析の結果,モヨロ貝塚のなかでヒトはもっとも大きな窒素同位体比を示し,最大で80–90%のタンパク質を海生哺乳類から摂取していたことがわかりました.北海道に暮らした過去のヒト集団は海産物に強く依存した食性をもっていましたが,この数字はそのなかでもきわめて大きいものです.ただ,次に述べるイヌを,ヒトが食資源として利用していたとすると,この数字はいくらか小さくなると予想できます.
また,ヒトでは,男性の方が幅広い炭素同位体比を示しました.この理由は文化的なものなのでしょうか.さらなる研究が必要です.
イヌでは,窒素同位体比は海生哺乳類と同じくらい大きな値を示し,ほかの陸上哺乳類と異なり,海産物に強く依存した食性が復元されました.家畜としてヒトのそばにおかれ,ヒトと同じような食物を摂取していたと考えると,この結果も納得できます.食資源のタンパク質寄与割合を計算すると,海生哺乳類は5–45%,海生魚類は3–40%となりました.ヒトとイヌは同じ遺跡に暮らしていたにもかかわらず,ヒトは海生哺乳類に,イヌは魚類に,比較的偏った食性をもっており,タンパク質摂取源が重複しないような「食べ分け」があったことが示唆されます.ロシア・カムチャツカ半島における民族学の研究では,家畜イヌには主に魚を食べさせるという報告があり,こうした事例との共通性にも興味深いものがあります.
論文情報
参考文献
米村喜男衛. 1969. モヨロ貝塚—古代北方文化の発見. 講談社, 東京.
米村衛. 2004. 北辺の海の民・モヨロ貝塚. 新泉社, 東京.
注
∗2 家畜は,ヒトに食べられる食資源であるとともに,ヒトから餌 (食資源) を与えられる消費者でもあり,同位体生態学的におもしろい存在です.
雑記
北海道網走市にモヨロ貝塚館という博物館があります.遺跡名のモヨロは,アイヌ語で「湾の内側 (モイ・オロ)」の意味と解されているようです (網走市教育委員会 2009 『史跡最寄貝塚』).
下の写真はインドの野良イヌです (2012年2月撮影).早朝は寒いので熾き火にあたっています.(北海道とは関係ないですね…!)