隠れキリシタンの村の食性
- 同位体分析という手法を用いて、千提寺地区 (近世・大阪) 出土の古人骨を分析し、当時の山間部の人びとの食性を復元しました。
- タンパク質源は陸上の植物や動物が主で、森林生態系から得られた食物を多く利用していたことが示唆されました。
- キリシタンおよび仏教徒と考えられる人骨のあいだに、食性の違いはありませんでした。
背景
江戸時代 (1603–1867年) をはじめとして、近世の人びとが何を食べていたかは、これまでにさまざまな方法で研究されてきました。そうした研究によって、都市部の人びとの食生活についてはいろいろなことがわかってきましたが、山間部など都市から離れた場所に暮らす人びとの日常食については、あまり詳しいことがわかっていませんでした。
本研究では、大阪府茨木市の千提寺地区より出土した近世人骨に同位体分析を適用して、当時の山間部の食生活を調べました。元素のなかには質量数の異なる安定同位体を持つものがあり、その存在比を調べる手法が安定同位体分析です。非常に簡素化して説明すると、炭素の安定同位体比は植物資源、窒素の安定同位体比は海産物や動物資源、硫黄の安定同位体比は海産資源の寄与を反映します。直接的な食物摂取ばかりでなく、たとえば魚肥の利用によっても、人骨から海産物摂取のシグナルが検出されることがあります。
対象・方法
対象としたのは、千提寺遺跡群 (大阪府茨木市) から発掘されたヒト成人の骨です。山間部に位置する千提寺では、新名神高速道路の建設にともない、10世紀から19世紀に至る複数の遺跡が発見されています。有名な「聖フランシスコ・ザビエル像」をはじめとする複数のキリシタン遺物が千提寺や周辺地域に大切に保管されており、近世にはキリシタンや隠れキリシタンが暮らしていた村であると言われています。
本研究では、発掘された古人骨のうち、埋葬様式からキリシタンと考えられる5個体 (16世紀後半から17世紀前半) と、仏教徒と考えられる18個体 (17世紀前半から19世紀) を安定同位体分析の対象としました。共同研究者に協力をいただき、人骨の性別や年齢を推定しました。
結果・考察
分析の結果、千提寺の人びとの主なタンパク質源は、陸上の植物や動物であることが示唆されました。これまでに分析された近世人骨のうち、千提寺の人びとの安定炭素同位体比はもっとも低いものでした。湿度の高い森林では、植物や動物の炭素同位体比が低くなることがわかっています。近世の千提寺では、森林生態系からさまざまな食物を採取し摂取してたと考えると、この結果はうまく説明できます。
近世の千提寺において、海産物摂取の指標である人骨の硫黄同位体比は明らかに海の範囲を外れており、海産物や魚肥の効果はそこまで大きくなかったことが示唆されました。そのかわりに、おそらく、水稲や淡水魚の摂取、人糞の堆肥の利用などがあり、窒素同位体比は比較的高くなっていました。
キリシタンと考えられる個体と、仏教徒と考えられる個体のあいだに、食性の違いは見られませんでした。食生活にそこまでの影響を及ぼす戒律がなかったことがその理由と考えられます。また、男女のあいだにも安定同位体比に差は見られず、食性には男女差がなかったようです。
論文情報
参考文献
原田信男. 2009. 江戸の食生活. 岩波書店, 東京.
雑記
千提寺は現在でも里山の景観をよく残しており、散策路は静かで美しいところです。写真は、クルス山とそれを貫く新名神高速道路を南東側から撮ったもの (2019年12月撮影)。