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飼育下オランウータンにおける同位体オフセットの推定



背景

霊長類の生態学では、摂取した食物を推定する方法として安定同位体分析が用いられることがあります。質量数の異なる炭素や窒素の同位体の存在比率 (安定同位体比) は特定の食物カテゴリーごとに異なっています。そして、採食を通じて、その違いは消費者の体組織にも反映されます。この原理を利用して、霊長類の毛や糞を安定同位体分析することで、対象個体の食性を調べることができます。

しかし、食物と体組織の安定同位体比は完全にイコールにはなりません。食物に含まれる安定同位体が体組織に同化される際に、食物と体組織の安定同位体比のあいだでシステマチックな差分 (同位体オフセット) が生じます。この差分は動物の分類群ごとに異なることがあるため、対象とする動物種について、この安定同位体比の差分を事前に知っておく必要があります。

本研究では、食性がわかっている飼育下のオランウータンを対象に、この差分を求めました。アフリカに暮らす大型類人猿 (チンパンジーやゴリラなど) に比べて、野生オランウータンの安定同位体分析の研究は非常に少なく、今後の応用が期待されます。本研究の成果は、そうした研究で得られたデータを解釈するのに役立ちます。



対象・方法

多摩動物公園に飼育されているオトナのオランウータン6個体 (メス4個体、オス2個体、11–62歳) を対象に、キーパーさんたちの協力を得て研究を実施しました。行動観察などの方法を用いて、1個体1個体が食べている食物の品目と量を1週間ずっと記録/推定しました。同時に、オランウータンの食物、毛、糞のサンプルを集めて、安定同位体分析を実施しました。

食物のタンパク質含有量やエネルギーは、食品成分表を参照してデータを得ました。このデータと採食量のデータをもとに、タンパク質摂取量やエネルギー摂取量も推定しました。

摂取量のデータをもとに食物全体の安定同位体比を計算し、これを毛や糞の安定同位体比と比較することで、同位体比の差分を求めました。計算の際にはモンテカルロ・シミュレーションを実施し、誤差範囲も調べました。



結果・考察

対象個体の1日あたりの平均的な摂取カロリーは1616 kcal、摂取タンパク質は 55.8 gで、野生のオランウータンで報告されている値と同様でした。多摩動物公園では、オランウータンの食事内容を野生に近づける努力がなされており、その結果を反映しているものと考えられます。

食物と毛のあいだの安定同位体比の差分の95%信頼区間は、炭素同位体比で+0.9‰から+3.9‰、窒素同位体比で+2.3‰から+4.5‰となりました。食物と糞のあいだでは、炭素同位体比で-3.7‰から-0.9‰、窒素同位体比で+0.3‰から+2.7‰となりました。これらの値は、先行研究で報告されているチンパンジー、ニホンザル、ベルベットモンキーなどの値と同様でした。



論文情報

Tsutaya T, Ogawa NO, Nomura T, Shimizu M, Ohkouchi N, Kuze N. 2021. Carbon and nitrogen stable isotopic offsets between diet and hair/feces in captive orangutans. Primates 62: 945–954. DOI: 10.1007/s10329-021-00940-8.


雑記

試料のサンプリングを実施したときからすでに4年が経ってしまい、多摩動物園のオランウータンたちにもだいぶメンバーの入れ替わりがありました。論文の謝辞には書けませんでしたが、楽しい調査の時間を一緒に過ごしてくれたオランウータンたちにも感謝しています。
写真は多摩動物園のオランウータンたち (2017年5月撮影)。上がジプシー、下がリキ。

Orangutans in Tama Zoological Park




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