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Other > Essay > FENICS > Decreasing birth rate

この文章は,NPO法人「FENICS」の2019年7月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.


育休制度の弱点

妻の出産を4ヶ月後に控えたあるとき、学会に参加し、友人の同世代の研究者と近況を報告しあい、私が育休をとるつもりであることを伝えたことがあった。そのとき彼女が「私の雇用形態では、もし子供が産まれたとしても、育休がとれないんですよね」とため息をついていたことと、それを聞いて私の視野の狭さを恥じたことを、今でも鮮明におぼえている。前回の「育休編」で述べたように、私自身は育児休業給付金の給付要件をどのようにして達成するかにばかり注目していたため、制度的にそもそも育休がとれない雇用形態があることを認識できていなかった。

厚生労働省によると、有期雇用 (任期つき) の労働者が育児休業を取得するためには、申出の時点で以下2点の条件を満たす必要があるという。 つまり、雇用元や所属機関に特例がない限り、すくなくとも2年半は雇用が継続するようなポジションでなければ、育児休業は制度的に取得できないことになるのだ。

このような観点から、若い研究者の雇用形態を見てみるとどうだろうか。ポスドクでは、特に科研費雇用の場合で、1年更新や2年任期のポジションなどをしばしば目にする。そうした雇用形態ではまず制度的に育休がとれない。ほかのポスドクや助教相当のポジションでは任期がもう少し延びて3年や5年となることが多いが、任期の終わる1年半前より後に育休をとる必要が生じた場合には、それ以前に申出をしていないかぎり、制度的に育休を取得できない (注1)。こうした条件があるため、若い研究者が子供を持とうと考えたときには、妊娠の段階からカレンダーを逆算して計画する必要がある。しかし、誰であっても計画した通りに妊娠できるのであれば現在こんなに不妊治療が普及しているはずもないだろうし、切迫早産などで当初の想定から出産時期がずれることもある。計画しないで子供ができることももちろんあるし、そもそも事前に綿密な計画を立てなければ十分に子供を産んで育てることすらできない制度って、はたしてどうなんだろうか。

育休がとれればそれですべてOKというわけでもなく、育休期間の収入が保障されるかどうかという問題もある。多くの若手研究者がこのポジションにある日本学術振興会の特別研究員では、育休の取得自体は可能である。しかし、学振は特別研究員を雇用保険に加入させていないため、育休をとっているあいだは育児休業給付金を受けられず、まったくの無給状態となる。

任期つきの職を転々としなければならない若手研究者の育休に関するこうした問題は、若手研究者だけでなく、派遣や契約社員といった雇用形態にある若い世代全体の問題として、以前からすでに認識されていた。2013年には、大規模な社会学的計量データをもとに、非正規雇用世帯への公的・経済的支援拡充が少子化対策において重要であるとした政策提言がなされているにもかかわらず (松田 2013)、それから6年経った現在でも、日本社会の状況が劇的に改善したとは思えない。研究ポストをめぐる熾烈な競争にさらされている若手研究者にとって、出産育児によって利用できる研究時間が少なくなるだけでなく (子供が産まれた後、研究に割ける時間は半分に減ったというのが私の実感です)、育休がとれないので退職しなければならない、育休期間はまったくの無給になるといった経済的な負担までのしかかってくるとしたら、研究を続けながら子供を産んで育てようと考える若手が増えることをどうして望めようかと暗澹たる気持ちになるのであった。

前回や今回のコラムで紹介したこのような問題の多くは、法律婚をした正規雇用の男女が同居して営んでいる家庭というものが日本政府の公的支援のメインターゲットとされていることに起因するのではないかと私は思っている。そうした形態から抜け落ちる人びとは、とたんに支援を受けにくくなる。そして、改姓によって業績が迷子になることを避けるための事実婚、勤務地が異なるための別居婚、限られた任期なし職が生み出す大量の非正規雇用などの影響をダイレクトに受ける若手研究者は、多くの場合、こうしたメインターゲットからは外れる存在であり、それだけ公的支援も受けづらくなってしまうのではないだろうか。

(つづく)


(注1) 以下のとおり、2022年4月から有期契約労働者の育児休業取得要件が緩和されているようです。
育児休業や介護休業をすることができる有期雇用労働者について|厚生労働省


参考文献

松田茂樹. 2013. 少子化論:なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか. 勁草書房.


連載「研究者の子育て」全話





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