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この文章は,NPO法人「FENICS」の2019年8月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.


メディアとの関わり

私のまわりの若い世代の研究者仲間を見渡すと、育休を取る男性にもよく出会うようになってきた。しかし世間一般的には、半年以上もの長い期間の育休を取る男性というのはまだそれほど多くないらしい。せっかく10ヶ月間の育休を取るのだから、この経験をいろんな人に伝えてみたいし、あわよくば、恥ずかしいほど時代遅れの状態にある日本社会のジェンダー不平等にそれとなく抗してみたいと考えていたところ、twitterにて「育休経験のある男性へのインタビューを育児雑誌に載せることになったので協力者を募集中」といった投稿を目にした。

これ幸いとばかりにその方にメッセージを送って自身の育休状況を説明したところ、インタビュー対象者として選ばれた。編集者からは、育休や生活スタイルについての状況や、事前に設定されたインタビュー項目に対する返事を文章で送ってもらうように依頼された。子供が寝たスキをついて、けっこう気合いを入れてそうした項目に答え、締め切りよりもだいぶ前に回答を送信した。

しばらく経って校正原稿が送られてきた。気合いを入れて書いたものの、私にあてられていたスペースはパラグラフ3つ分。しかし小さなスペースながらも、もっとも伝えたかったところはきちんと抜き出されているし、全体のトーンも悪くはない。さすがプロ、と思いながらちょっとした間違いに朱を入れて、編集者に送り返した。

ところが、そこからさらにしばらく経ってから家に送られてきた印刷版の雑誌を見たところ、思わず愕然としてしまった。完成版の原稿には、校正原稿には無かったどころか、提出した文章にも一切書いてはいなかった文言が勝手に追加されていた。それは「[育休を取ったことについて] 僕は研究者で、[赤ちゃんの] 観察も目的でした」([]内は筆者が補足) という一文。世間ではおそらく珍しいであろう研究者という立場をおもしろおかしく脚色されたようで、いやな気分になった。校正原稿で指摘したちょっとした間違いも訂正されておらず、誤植のある論文を出してしまったときのような落ち着かない戸惑いも感じた。

勝手に文言が追加されていたことについて編集者に抗議のメールを送ったところ、編集部の意見を受けて、研究者であることを強調してしまったという旨の謝罪が返ってきた。今から考えると、そこまでムキにならなくても……とも思えるのだけれど、初めての育児を夫婦で必死にこなしていた当時は、自分たちのそうした苦労が茶化されているようで、悲しくなってしまったのだと思う。

メディアや研究者の業界には、それぞれの倫理や価値観があって、それをもとに仕事が発生しお金が流れていく。研究者である私たちは、比較的厳格な (あるいは自己反省的な) 倫理や価値観につねひごろ触れており、ほかの人たちも同様に厳格な基準を行動規範としていると錯覚してしまいがちなのかもしれない。どちらの基準が良いとか悪いとかいう問題はひとまず置いておいて、メディアをはじめとする異なる業界の人たちと仕事をする際には、双方が当然のものと思って意識をすることもない「その業界の常識」を再点検して、倫理や価値観のすりあわせをするべきなのかもしれないと、このできごとから教訓を得たのだった。

(つづく)


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