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この文章は,NPO法人「FENICS」の2019年4月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです.編集・発行者の許可を得て,こちらに転載しました.


学習の成果

これまでヒトの子育てについて学んできて、今回、役立ったことがいくつかあった。

まず、ほかの霊長類と同じく、ヒトは本能だけで子育てができるわけでもなく、子育てに関するさまざまなことを学習しなければならない。授乳のときの姿勢、抱っこの仕方、おむつの替え方、赤ちゃんの欲求を読みとる術、そんなささいなことも、いちいち学ばなければできない。子育ての実践的なタスクに関しては夫婦ふたりとも初心者だったけれど、「学習しなければ子育てはできない」ということは知っていたので、入院中は、プライドも何もなく、そろって助産師さんにどんどん質問をして、子育ての仕方についていろいろ教えてもらった。どの助産師さんも親切丁寧に対応してくださり、とても楽しく心温まる入院期間となった。こうしてとにかく学びまくったおかげか、1週間後の退院時には、妻も私も子育てに関するほぼすべてのことを自信をもってできるようになっていた。(ただしこのことが後ほど別な問題につながるのですが、それはまた次回に……)

霊長類のなかでもとにかくもっとも手がかかるヒトの赤ちゃんは、育児放棄を防ぐため、見た目の可愛さでもって必死に大人たちのハートをつかむ戦略を進化の過程で獲得したと言われている。生まれてきた子供を眺めて、「うむ、たしかに可愛い」と思う。もちろん私は、この可愛さが育児放棄を防ぐ進化的な戦略であることを理解している。ある程度の距離をとってこの可愛さと向き合わなければ、親子のあいだの関係がべったりになってしまって、却って良くないのではないか。……でも可愛い。しかたがないので、私は進化的な戦略に乗せられることにした。顔の筋肉をかつてないほど緩ませて、赤ちゃんに向かってうみゃうみゃ話しかけていると、その様子を見ていた妻から、親バカ呼ばわりをされてしまうのだった。でも、私だって、赤ちゃんに話しかけるときの妻のこんな歓声を、これまで聞いたことはないのだぞ……。

しかし、子供は可愛いばかりでもない。寝かしつけの大変さがピークに達していた生後1〜2ヶ月のとき、子供を保育園で預かってくれるってなんてありがたいんだろう、さっさと預けたいよね……と、妻と話し合っていた。ヒトは進化の過程の大部分を共同保育者として過ごしてきたので、保育園などのシステムは理にかなっているとも言える。むしろ親子 (母子) が閉じられた関係のなかでずっと新生児と向き合っていると、虐待や子殺しにつながってしまうような進化的基盤がヒトには備わっているという説を提唱する研究者もいる。実際、赤ちゃんがこちらの期待通りになってくれないときなど、意図せず虐待につながる危険をリアルに感じ、自分自身に恐ろしさをおぼえた。こんなにストレスを感じるのは、一概に私の性格が悪いからだけとも言えなくて、もしかしたら人類の進化の歴史にその原因の一端があるのかもしれない、と思いながら、必要以上に自責の念を抱かないように心がけた。現在、これほどまでに大変な時期はすでに過ぎ去り、今あらためて子供を眺めても、どうしてあんなに大きなストレスを感じたのだろう……と不思議な気持ちになるのだった。

※ 本文で紹介した「科学的な知見」のなかには、まだ推論ベースの話で、きちんと実証されていないものも含まれます。

(つづく)


Baby and me on a balance ball

バランスボールでゆさゆさしながら寝かしつけたとき。赤ちゃんを抱っこするとき、ただ座っているだけではなく、歩いたりして揺れを加えると、赤ちゃんがリラックスして眠りやすくなる。(哺乳類に見られるこうした反応は、輸送反応と呼ばれています)


連載「研究者の子育て」全話





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