この文章は、naganaoさんと共同執筆し、『月刊ポスドク』第10号 (2019年2月発行) に寄稿したものです。naganaoさん、および、編集・発行者の許可を得て、こちらに転載しました。
tsutatsuta, naganao. 2019. 絶品! ラボめしの醍醐味. 月刊ポスドク 10:9–13.
絶品! ラボ飯の醍醐味
はじめに
どんなにすてきなデータが出ていようと、立て続けにリジェクト通知が舞い込んでこようと、お腹が減ったら食べねばなりません。特に実験系の研究者は、研究室で過ごす時間が長くなり、その合間に食事をとる必要がでてきます。食堂の営業時間内だったり、繁華街に近かったり、お弁当を持ってきたりしていた場合は問題ありませんが、私たちはときに、最寄りのコンビニまで歩いて片道20分かかる研究機関で、雪に降りこめられたりします。そのような場合、手持ちの食材を、研究室やキッチンスペースに備え付けられている調理器具を用いて、おいしい食事に仕立て上げる必要が生じます。もちろんそうしたエクストリームなケースばかりでなく、好みや経済上の理由から、日常的に、研究室で調理をする場合もあるでしょう。腹が減っては論文は書けぬ。You(r attainments) are what you eat。古くからたくさんのフレーズにうたわれてきた通り、食べることは、高インパクトな研究を続けるうえで必須のことであります。
本稿では、こうした、研究室において、何らかの調理をして食事をとるという営みを「ラボめし」と呼び、その真髄について語っていきたいと思います。
tsutatsuta (以下T):私、tsutatsutaは、いわば選択的ラボめシスト、周囲にコンビニや食堂があり、出前のお弁当を注文する同僚も多いなか、あえてラボめしの道を歩んできました。そして、お相手いただくnaganaoさんは、いわば強制的ラボめシスト、徹夜や秘境での実験など、ラボめしを作らねば飢えてしまういくつものエクストリームな状況をくぐり抜けてきた、歴戦の猛者です。異なる状況でそれぞれの技術を磨いてきたふたりの研究者が、その知識や経験をお伝えします。
Naganao (以下N):はい、ご紹介いただいた百戦錬磨の古豪ラボめシスト、naganaoです。大学院生時代はよく走査型トンネル顕微鏡という装置を使っていて、環境ノイズの少ない夜に測定を行い、早朝にそのまま研究室で仮眠をとり、白昼はデータ解析や発表準備や試料合成、夜になったらまた測定開始 (以下繰り返し) という日々を送っていました。そうすると食堂や外の飯屋が開いている時間に食事ができないこともしばしば。毎日コンビニ弁当やカップ麺だと飽きてしまうし精神的にもダメージが大きく、温かい飯が恋しくなるんですよね。学生同士で力を合わせてラボ飯作りしていたのは良い思い出です。
T:最近は大学の敷地内に24時間営業のコンビニや営業時間の長いコーヒーショップが入っていることもありますが、そういうのが無いと大変ですよね。
N:夜中の2時に大学の塀を乗り越えて吉野家に行ったこともありました (笑)。その後、ポスドク時代の3年間は兵庫県にある某巨大放射光施設S〇ring-8に常駐していました。これがまあ壮絶な秘境でして、人口より鹿の数の方が多い、さながら日本のサバンナ。最寄りのコンビニまで車で片道15分はかかります。ちなみに最寄りのスタバまでは直線距離で40 kmくらいあるでしょう。その割に施設の食堂は夜の7時半で閉店ガラガラ。施設は山のてっぺんにあり、車の免許を持っていない私が夜中に徒歩でコンビニまで食糧調達に行こうと思うと、街灯の無い狭い山道を1時間以上歩いて行かねばならず、遭難の危険がありますし、猪や熊に襲われかねません。まさに食うか食われるか。まとまった実験が続く際には、餓死しないために予め食材を買い込んでおいて、実験施設の限られた調理器具で自炊をしていました。
T:よく生きて帰ってきましたね……。
N:最近は年をとってすっかり落ち着いてしまいましたが、私の経験が少しでも若き勇者 (研究者の卵) 達の冒険 (研究生活) の足しになればと。
T:そういえばこの記事は、研究室で長く過ごさざるを得ない状況の中でいかに快適に生活するかのライフハックで、以前の月刊ポスドクに起稿した「熟睡!ラボ寝の最前線」のシリーズ続編みたいなものですね (tsutatsuta & naganao 2014, 月刊ポスドク 2: 8–11)。
N:2014年の冬のコミケ……。もう4年以上も前になるんですね…… (しみじみ)
調理器具
T:ラボめしにおいて何をどのように食べるかの大部分は、どのような調理器具が利用可能かに左右されるという印象を持っています。ペティナイフ1本に電子レンジ1個といったチャレンジングな流しスペースから、ガスレンジに寸胴鍋までなんでも揃うフルスタック台所まで、研究室に付属するキッチンにはさまざまなレベルがありますよね。
N:わかります! 何を使ってよいかはその建物や部屋の防火管理の取り決めや使用電力量などに左右されますもんね。
T:私は比較的恵まれた環境を渡り歩いてきており、特に修士課程や最初のポスドク先では、専用のお茶部屋に、包丁、まな板、IHやガスのコンロ、炊飯器、レンジ、トースター、冷蔵庫、食器などがひと通りそろっており、朝や昼ごはんをよく作っていました。
N:専用のお茶部屋って恵まれすぎじゃないですか……。私が大学院生の時はラボの院生居室に電子レンジ、湯沸かし器、ホットプレート、冷蔵庫はありましたね。放射光施設の場合は1週間から1か月程度長期滞在する人も多いので、そちらのお茶部屋みたいに一通りそろった共用のキッチンがありました。
T:しかも、私だけでなく、ほかのラボメンバーもしばしばキッチンでごはんを作っていたため、心理的抵抗感も小さく、トースターで粉から練ったスコーンを焼いて香ばしい匂いを充満させたり、ニンニクをごま油で炒めて炒め物にしたり。ときにはクサヤをグリルで焼いたりしたことも (これにはさすがに文句が出ましたが……すみません)。ただし、特にお昼の時間帯には、キッチンの利用希望がほかのメンバーとかぶるため、それぞれの生活リズムに合わせてお昼ごはんをオフピークさせるなどして、自律的に棲み分けが行なわれていました。
N:スコーンとミルクティーとか理想の朝食orティータイムじゃないですか~。そんなのがあったらヨーロッパの研究室風のティータイムディスカッションが捗るに違いない! うちではボスがトースターで餅を焼いた時にうっかり火災報知器を鳴らしてしまって以降、トースターが使用禁止に……げふんげふん。あと放射光施設では、居室でシシャモをバーナーで炙った香ばしい匂いが廊下に充満して火事と勘違いされるという異臭騒ぎが起きて、「施設内でシシャモをバーナーで炙るの禁止」というかなりニッチな規則が制定されていました…。
T:シシャモですか……(笑)。自宅での調理同様、火事には注意しないといけませんね~。あと匂いも。
N:実験器具を調理に転用するのはよろしくは無いですが、小型のホットプレートは実験にも調理にも使えますね。写真を漁っていたら、昔研究室でピザを焼いた時に、ホットプレートでトマトソースを温めている写真が出てきました (図1)。
図1 上の写真が実験室のホットプレートでトマトソースを温めている様子。下の写真はできあがったピザ。
T:なかなかシュールな絵面ですね (笑)。そういえば、ウォーターバスなんか、近頃流行りのAnovaの代わりに使えそうです。よくわからない微生物がコンタミしたりしそうですが (笑)。そして、ラボめしにおける調理の難易度は、料理器具の入手可能性、スペースの制約、手間数などを総合的に考慮すると、生食可能 < 熱湯を注げばOK < レンジでチン < トースターでチン < 炒める < 煮る < 揚げる < ……といったように増加していきますね。はぁ、ガスオーブンのあるラボなんか、あこがれですね……。(家でやれという声も聞こえてきますよ)
N:あこがれ~。特に学生とかポスドクとか若いほど研究室にいる時間の方が家にいる時間より長かったりしますし、研究室で料理すると沢山できちゃったときに食べてくれる人が必ずいる (笑)。電子レンジに特化した調理器具はなかなか便利ですよ。百均にも売っている電子レンジ用パスタゆで容器とルクエやViVのシリコンスチーマーにはポスドク時代にすごく助けられました。命の恩人です。最近では電子レンジ圧力鍋 (MEYERなど) とか電子レンジ揚げ物容器なんていうのもあるみたいで、煮る、揚げるあたりはレンチンでフォローできますよ。普通に自宅調理用に買おうかな……。東急ハンズやロフトをウィンドウショッピングするのが趣味なんですが、調理器具コーナーに行くと、ついつい「これ研究室にあるとQOL上がるかな?」という目線で見てしまいます。
T:「Quality of Lab-meshi」ですね (笑)。
N:これは私が学生の頃に欲しかったな、と思って最近買ったものが、サンコーのハンディ炊飯器です。お弁当箱サイズの炊飯器で、1人分のご飯が手軽に炊けます。海外に研究で長期滞在していた友人も白米が恋しくなった重宝したと言っていました。サーモスのレンジでご飯が炊ける弁当箱もよさそうですね。研究が上手くいかないときも、炊き立てのホカホカご飯をほおばれば「よっしゃ!また次頑張ろう!」と思えること請け合いです。