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この文章は、NPO法人「FENICS」の2020年11月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです。編集・発行者の許可を得て、こちらに転載しました。


調査地の様子

今回の調査は、山中の村のはずれにある博物館の収蔵庫で実施された。博物館の向かいには宿泊施設があり、食事は徒歩で数分の距離にある雑貨店と食堂を兼ねた家でいただいた。自動車が頻繁に行きかうこともなく、そこにいる人びとはだいたいお互いが顔見知り。宿泊施設の裏手の階段がかなり高く急だったことを除けば、子連れフィールドワークをするのにかなり安全な場所だったように思う。

そのような環境で苦労したのは、仕事時間の確保と時差だった。私たちの子供はひとり遊びをあまりせず、さびしがりやで、飽きっぽい。そのため、脇で遊ばせておいて親は仕事、ということがほとんどできない。寝起きする部屋と仕事場が近いという利点を活用し、片方の親は部屋や外で子供の相手をし、もう片方は収蔵庫で遺物の整理やサンプリングをする、という分業を互いにとりかえながら調査を進めた。子供が昼寝を始めれば、待ってました!と仕事道具を取りだしたり収蔵庫に駆けつけたりしていた。

前述の雑貨店兼食堂には、おかみさんとおやじさんの娘が3人おり、まだ10代前半くらいの下のふたりが特に子供をかわいがってくれた。午後になると、小学校前くらいの近所の男の子をつれて博物館のあたりにやってきて、子供の名前をスペイン語風に呼んで遊びに誘う。子供も最初の1週間くらいは怖がっていたものの、滞在の終わり頃にはすこしは慣れて、抱っこされたり手をひかれたりしてなんとか遊びに行くようになった。まだ1歳4ヶ月の小さな子供の扱いも手慣れたもので、遊んでいるさまを危なげなく見ていることができた。ヒトは共同保育をする動物で、実は、有力な保育者は年上の近所の子供であるという話を人類学の論文や書籍でたびたび読んだことがあるけれど、そうした状況がまさに目の前に展開していたのだった。

子供はなかなか時差に慣れなかった。日本から14時間の時差のあるペルーでは、昼夜が逆転する。ペルーについた最初の夜から、子供は深夜1時 (日本時間の15時 = お昼寝から起きる時刻) に起きてテンション高く遊びはじめ、疲れて明け方3時くらいに眠り、朝6時くらいにまた起きるという睡眠リズムを示すようになった。日本時間では深夜にあたる午後のお昼寝の時間と、その日の疲れがたまって不機嫌になる夕食後はよく眠ってくれたから良かったものの、毎日深夜に起こされ、子供と遊んだり散歩に行ったりしてなんとか眠ってもらう生活が1週間は続いた。(1週間くらいしてやっと夜通し眠れるようになってくれた後には、悲しいことに、帰国の日が目前に迫っていた)

しかし、夜中の散歩も悪いものではなかった。調査地についてからは、深夜に起きておっぱいを欲しがる子供を妻が授乳し、次に私が抱っこひもを使って散歩に連れだしていた。電灯がほとんどないため夜は真っ暗で、遠近感がおかしくなるようなアンデス高地のすばらしい眺めは見えない。けれど、星がとてもきれいに見えた。懐中電灯で照らしながら道をぶらぶら歩いていくと、冷たい霧が山の斜面をぬぼーっと降りていくのに巻きこまれたりして、ここは高地なんだなということを感覚的に理解できた。どこかの家の飼い犬がおとなしく眠っているのを遠くから眺めたり、道をもぞもぞ動く黒いものに光を当てたら毛むくじゃらのクモだったりした。道には人ひとり歩いておらず、地球の裏側であっても人間は夜中には眠るのだな、という当たり前のことを思ったりもした。

その一方で、そうやって散歩に連れだして眠ってくれたり、ベッドに寝かせて親もうとうとしはじめた頃、近所で飼われているニワトリがいきなり雄叫びをはじめ、びっくりして子供が起きてしまうこともしばしばあった。ニワトリが飼われているようなのどかな山中だからこそ夜に外を出歩いても危険ではないのだけれど、いくらなんでも深夜に「コケ!コケ!コケコッコー!!」はないのではないか。寝言なのか。鳴かなければ死んでしまう、というくらい渾身の力をふりしぼって雄叫びをつづけるニワトリに対して、唐揚げにして食べてやろうかと、眠気で朦朧とした頭でよくわからない殺意を抱いたこともたびたびだった。

(つづく)


Cat in a night

夜の散歩中に見た猫。「にゃんにゃがいるよ」と子供に伝えると、猫を見て「にゃーにゃ」と繰り返していた。


連載「研究者の子連れ海外フィールドワーク」全話





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