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この文章は、NPO法人「FENICS」の2020年10月25日発行のメールマガジンに寄稿したものです。編集・発行者の許可を得て、こちらに転載しました。


飛行機移動

今回のテーマは子連れフィールドワークにおける移動について。生後1年4ヶ月の子供をつれた今回のペルー調査でもっとも苦しかったのが、国際線の飛行機移動だった。成田からロサンジェルスまで10時間 (帰りは14時間)、ロサンジェルスからリマまで9時間 (帰りは7時間) の、大人でもなかなか堪える飛行機移動である。出張のときの国際線移動というと、ふだんは、邪魔が入らず、インターネットに気を散らすこともなく、まとまった時間を仕事や読書や睡眠に集中できる絶好の機会である。

しかし、子連れの場合、そうした絶好の機会は苦行の時間に変わる。まず、子供は飽きる。狭い座席に押し込められて変化に乏しい周りの環境を見回しているだけでは物足りなくなってくる。子供はちょうど歩き始めたのが板につきはじめた時期であり、自分の足さばきをほかの乗客やCAさんたちに見せびらかさんとするばかりに、通路を前に行ったり後ろに行ったり。席に戻ってきてはまたすぐに歩きだしていくのを、妻と交代でついていって見守った。機内のお散歩、絵本とシール、機内アミューズメントの映画、iPadの教育アプリなどを繰り返しては間をつなぎ、バナナを食べて (乳幼児用機内食のおかゆはひとくち食べて吐き出した) おっぱいを飲んでやっと眠ると、ようやくひといきつけるのだった。とはいえその時間で何かができるわけもなく、子供が眠れば親たちも、今のうちに! と疲れきった体を座席にもたせかけ、つかのまの睡眠をなんとか確保するのだった。乳幼児用バシネットを予約しておいたが、子供をそのなかに寝かせて親たちは自由に眠れるため、本当に助かった。

一度、持ってきたおもちゃや絵本に飽き、ふだん見慣れない映画も楽しくなく (我が家にはテレビがない)、かんしゃくが爆発して機内で本当にどうしようもなく大泣きしてしまったこともあった。ほかの乗客やCAさんたちの視線が痛い……と縮こまりながら、えびぞりになって抱っこを拒絶する子供を通路であやしていると、そこに現れたのは、同じ飛行機で現地入りする共同研究者のNさんだった。自身も一児の父であるNさんは「これをあげようかな〜」と、1–2歳児向けの雑誌を子供に渡してくれた。著名なパンのキャラクターが描かれたその表紙を見た子供はぴたりと泣き止み、雑誌を手に席に戻ると、シールや紙工作でおとなしく遊びはじめたのだった。このとき、Nさんの用意周到さに心からの感謝を覚えるとともに、自分たちの準備不足と子供の生態に対する観察眼の至らなさを痛感したのだった。

しかし、子連れということで、大行列のできているチェックインカウンターや入国審査では優先レーンに並ばせてくれたり、横に乗客のいない3人席に移動してもらえたりと、本当にありがたい配慮をしてもらったこともたびたびだった。子連れの場合には、少しの配慮でも本当にありがたい。

日本を発つ飛行機ではまわりの乗客の視線が厳しく、子供が泣き声をあげるたびに、斜め前に座っていた若い乗客が非難するような目でこちらを振り返ったり、空いている席に移動させてもらえるとき、もともと隣に座っていた中年の乗客があからさまに安堵したのが目に入ったりした。他人に迷惑をかけてはいけないという規範が行き過ぎて、却ってみんな居心地が悪くなっているような気がした。しかし、米国とペルーのあいだをつなぐ便では、赤ちゃんでも機内にいることを許されているような寛容な雰囲気を感じ、ほかの乗客に対する申し訳ない気持ちはだいぶ緩和された。そのようなことがあって、日本に帰国する飛行機をげんなりした気分で待ち構えていた。しかし、帰国の時期はちょうどCOVID-19がアウトブレイクしはじめた頃で、機内はがら空きであり、精神的な負担はだいぶ緩和された。ものわかりのけっして良くはない赤ちゃんを満員の飛行機に連れていたらと想像すると、その精神的・肉体的負担にぞっとしてしまう。

帰国後、国際線の飛行機移動が大変でしたという話をすると、同僚や上司から全力の同意が得られた。行ってしまえば楽なんだけど国際線は苦行だよねとか、離着陸時の座席から動けないときに子供がうんちを漏らしてしまったとか、明けない夜はないと思ってひたすら耐えた、という話を聞いた。私たちも、国内線の飛行機移動は子供が生後3ヶ月の頃からたびたび経験していたが、もっとずっと時間の長い国際線移動は今回初めてで、これには別次元の苦しさがある……と理解することができたのだった。

(つづく)


Delicious paella

飛行機から降りて足を伸ばしながら食べた食事は格別だった。


連載「研究者の子連れ海外フィールドワーク」全話





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