コラーゲン抽出法の比較
- 骨からのコラーゲン抽出は,同位体分析による過去の食性復元の研究において重要な前処理です.
- 骨を砕いたときと,砕かずに塊のままコラーゲンを抽出したときで,同位体比が変わるか調べました.
- 同位体比には大きな違いは生じず,回収率やコラーゲンの質は,塊から抽出する方法で向上しているようでした.
背景
安定同位体分析や年代測定の研究では,遺跡から発掘された古い骨からコラーゲンを抽出し,それを測定するケースがよくあります.コラーゲンは,炭素に対して窒素を比較的多く含むタンパク質です.そのため,抽出した「コラーゲン」の炭素/窒素の元素の比率を調べることで,その生物の合成したコラーゲンが分解されずに残っている (生体の情報を保持している) か,埋没しているあいだに汚染されたり分解されたりした (もともとの意味ある情報を失ってしまっている) かを判定できます.
コラーゲンの抽出方法については,1980年代からすでに多くの研究があります.しかし,以下のような問題がありました.
- もともと保存状態の良くない骨では結果が不安定になることがありますが,保存状態の良い骨と悪い骨での議論がきちんと区別されていませんでした.
- データを解釈する方法が研究によって異なり,また統計検定を実施している場合は,検定力の問題がきちんと考慮されていませんでした.
本研究では,保存状態の良い骨と悪い骨について,砕いて,または塊のまま,コラーゲンを抽出し,炭素・窒素安定同位体比に違いが生じるかを調べました.また,データを解釈するための新たな方法を提示しました.
対象・方法
実験に用いたのは,江戸時代のふたつの遺跡の人骨です.池之端七軒町遺跡 (東京都台東区) の人骨は,非常に保存状態が良く,境環濠都市871地点遺跡 (大阪府堺市) の人骨は,保存状態の悪い骨です.それぞれの遺跡から成人骨を20個体ずつ,研究に用いました.
標準的なコラーゲン抽出方法をもとに,骨を砕いた場合と塊のまま処理した場合の二通りの方法で,人骨からコラーゲンを抽出しました.抽出したコラーゲンの元素濃度,安定同位体比を測定しました.
結果・考察
保存状態の良い遺跡の人骨: 実験の結果,骨を塊のまま処理する方法では,コラーゲン回収率,炭素・窒素元素濃度が向上していました.このことは,塊のまま抽出する方法では,抽出されたコラーゲンの質が向上していることを示唆します.その一方,安定同位体比には違いが見られませんでした.
保存状態の悪い遺跡の人骨: 実験の結果,骨を塊のまま処理する方法では,コラーゲン回収率,窒素元素濃度が向上していましたが,炭素元素濃度,炭素安定同位体比には違いが見られませんでした.窒素同位体比にはふたつの方法で違いが見られましたが,その差はごくわずかでした.
近赤外光を利用した分析によって,骨から抽出したサンプルを調べたところ,たしかに主成分はコラーゲンで,目立った混入物はありませんでした.
これらの結果は以下のことを示します.
- 骨を砕いたときと,砕かずに塊のままコラーゲンを抽出したときで,安定同位体比に大きな差はない.
- コラーゲンの回収率や質については,砕かずに塊のまま抽出したときで向上しているらしい.
- これらの傾向は,保存状態の悪い骨で不安定になる.
論文情報
雑記
研究の新規性に難がついてリジェクトを重ね,出版までに時間がかかってしまいました.時間を割いて原稿を読み,コメントをくださったたくさんの査読者のみなさまに,この場を借りて感謝せねばなりません….
近赤外光を利用した分析は,東京大学物性研究所の共同利用研究として実施しました.写真は,物性研究所のある柏キャンパスの雪の日 (2012年1月撮影).柏キャンパスにはキジもいます.