江戸町人の食性の個人差
- 同位体分析という手法を用いて,池之端七軒町遺跡 (江戸時代・東京) 出土の古人骨を分析し,当時の江戸町人の食性を復元しました.
- タンパク質源は,陸上動植物,淡水魚,海産物が主でした.
- 性別や年齢や時期による差はほとんどありませんでした.
- しかし,江戸の武士や,京都の町人とは,わずかな違いが見られました.
背景
江戸時代 (1603–1867年) の人びとが何を食べていたかが,これまでにさまざまな方法で研究されてきました.そうした方法には,遺跡から発掘される食物残渣の分析,当時書かれた歴史文献の解読,古人骨の同位体分析などがあります.しかし,社会階層 (士農工商) や地域による違いは調べられていても,同じ階層・同じ地域の集団のなかの個人間の違いは,あまり調べられてきませんでした.
本研究では,同位体分析を利用して,
- 江戸町人の個人ごとの食性の違いを調べ,
- 異なる社会階層や地域に属する江戸時代集団のあいだで,食性を比較しました.
同位体分析についての説明は,以下をご覧ください.簡単に言うと,生物の体は食べたものからつくられるので,生物の体をつくる炭素や窒素を分析すれば,食べたものを逆に推定できる,というような方法です.
【背景】オホーツク文化のヒトとイヌ
対象・方法
対象としたのは,池之端七軒町遺跡 (東京都台東区・江戸時代全期間) から発掘されたヒト成人の骨です.この遺跡は,上野の不忍池のすぐわきにあり,1993年から1995年のあいだに発掘が行なわれました,保存状態の良い600体以上の古人骨が出土しており,量・質ともに江戸町人を代表する遺跡となっています.
本研究では,国立科学博物館に所蔵されている古人骨のうち,103個体を分析しました.共同研究者に協力をいただき,人骨の性別判定や年齢推定を行ないました.
結果・考察
分析の結果,池之端七軒町の町人の主なタンパク質源は,陸上動植物,淡水魚,海産物であることが示唆されました.歴史文献の研究からは,町人の食性は米と野菜が主で,魚がそこに加わることが示されており,本研究の同位体分析もその結果と整合的です.
池之端七軒町集団のなかでは,性別,年齢,時期 (江戸時代の約260年間を4つに区分) による違いはほとんどありませんでした.この結果は,江戸町人のあいだでは,日常的に食べる食物が性別やライフステージなどによって大きく変わることはなかった,ということを示唆します∗1.
江戸時代の他の遺跡から出土した人骨についてすでに報告された値と,本研究の結果を比較しました.全体的に,違いはそこまで大きくはなかったものの,社会階層や地域による違いが見られました∗2.
- 旗本や将軍のほうが,町人より,海産物や淡水魚の摂取割合がやや大きかった可能性が示唆されました.
- 京都の町人は江戸の町人とはわずかに異なる値を示しました.これは,単に地域の違いが反映されているだけか,食性がわずかに違ったためかと考えられます.
論文情報
参考文献
原田信男. 2009. 江戸の食生活. 岩波書店, 東京.
注
雑記
2013年に国立科学博物館で開催された「江戸人展」に,池之端七軒町遺跡から出土した人骨がたくさん展示されていました.非常に充実した楽しい展示でした.また開催された際にはぜひ足を運んでみてください.
遺跡跡地には,現在は新しい建物が建っていますが,跡地からすぐ近くの不忍池は,散歩をするのに最適な場所です.大学院生だった頃,たまの早朝や昼下がり,池のまわりをぶらぶらして,鳩や猫や人を眺めていたものでした….写真は,不忍池岸から望む弁天島 (2014年2月撮影).