離乳後の食べ物
- 過去1万年間程度の世界中の古人骨集団の小児の食性のデータを集めてきました.
- 狩猟採集民では,離乳後の子供の食物は成人と同様でした.
- 農耕民や都市居住民では,離乳後の子供は成人と比べて,植物の摂取割合がすこしだけ大きいようでした.
- この結果は,ヒトの生活史の進化や,農耕開始時の健康悪化などを考えるうえで重要です.
背景
霊長類のなかで見ると,ヒトの子供の離乳後の時期はユニークです.ヒト以外の霊長類では,離乳の終わりはコドモの独立を意味し,離乳した後のコドモは,ほとんどすべての食物を自力で手に入れるようになります.その一方,ヒトでは,離乳が終わっても,食物や安全を年上の個体 (両親など) に依存する時期が何年もつづきます.おっぱい (基本的に母親しかできない) を子供に与えつづけるかわりに,食物 (父親や年上のきょうだいでもできる) を子供に与えることで,子育てにとられる労力を母親から集団のほかのメンバーに分散させ,母親は次の子供を早くもうけられるようになります.つまり,離乳後の子供に積極的に食物を与えることで,ヒトは,高い繁殖力を達成したと言えます.
したがって,霊長類のなかでもユニークなこの離乳後の時期に,ヒトの子供が何を食べてきたかを明らかにすることは,人類進化を考えるうえで重要です.しかし,離乳後の子供の時期に関して,理論的な枠組みを提示する研究は数多くなされてきたものの,その時期の子供が実際に何を食べているかを調べた研究は,実はほとんどありませんでした.
行動観察によって食物摂取を詳細に調べるのには非常に労力がかかりますが,安定同位体分析という手法を使えば,摂取した食物を簡単かつ定量的に推定できます.C3植物の生態系のなかであれば,基本的に,栄養段階の高い (食べる–食べられるの関係で上位にある) 食資源ほど,炭素と窒素の安定同位体比 (軽い同位体に対する重い同位体の存在比率) は高い値を示します.摂取した食物の炭素・窒素安定同位体比は消費者の体組織に反映されるため,遺跡から出土した人骨から抽出したコラーゲンの安定同位体比を測定することで,その個体が生前に摂取していた食物を推定できます.
本研究では,過去1万年程度の世界中の古人骨集団について,すでに報告された炭素・窒素安定同位体比を集めました.離乳後の子供の値をメタ解析することで,ヒト集団に共通する特徴を抽出し,狩猟採集民と農耕民・都市居住民とを比較しました.
対象・方法
論文や書籍を調べ,55の研究報告から,小児の炭素・窒素安定同位体比が報告されている58集団のデータを集めました (図1).十分な個体数があるかといった基準でさらに選別し,最終的に解析に利用したサンプルサイズは,最大36集団となりました.
離乳後の子供の安定同位体比と,同じ集団の成人女性・男性の値との差を計算し,これを食性の差異の指標として,集団間で比較しました.離乳の終わりの年齢については,古人骨集団の離乳年齢を復元するプログラムを適用して,集団ごとに計算しました (参考: 過去1万年間のヒト集団における離乳年齢).対象とした子供の年齢の上限は,進化人類学における定義にしたがい,8歳までとしました.
図1. データを集めてきた古人骨集団